脚(下肢)の筋肉の痙攣(けいれん、ひきつり;一般的に「こむら返り」と呼ばれます)は捻挫や膝などの関節痛と並び、登山における脚の故障では最も多いもののひとつと思われます。 1)症状 経験しておられる方も多いと思いますが、以下のようなものです。 ■症状の特徴 「運動中や就寝中に突然起こる筋肉の痙攣と激痛」・・・このように表現できます。 身体を動かすには、脳の指令により筋肉(骨格筋)を収縮させますが、脳の指令が無いのに自分の意志に反して突然収縮し、元に戻せないと同時に激痛が襲うことがあります。これを「筋痙攣」(またはこむら返り)と呼びます。通常はやがて収まりますが、動きの中で発生すると瞬間的に身体を支えきれず転倒したり、また再発したりすることもあり厄介です。 ■発生部位 以下の筋肉に多く発生します(▼図1) 〇ふくらはぎ(腓腹筋) 〇むこうずね(前脛骨筋) 〇下肢の横・外側(長腓骨筋) 〇大腿部(大腿四頭筋-表側、大腿二頭筋‐裏側、縫工筋‐内側斜め、など) ■症例の特徴 ①年齢:高齢化と共におこり易くなり、65歳以上ではおよそ半数に認められるとのデータがあります。 ➡加齢によるミネラル(電解質)吸収機能の低下と関係するようです。 ②性:男性より女性に多い。 ➡中年以降の女性では尿中へのカルシウムの排泄量が増加する傾向にあることが関係するようです。 ③再発性:一度起こした経験のある人は、約60%の割合で再発すると言われるほど、再発率が高いと言われています。 2)原因 詳しいメカニズムは解明されていませんが、以下のような原因が考えられています。 ■症例から推測される原因 〇同一筋肉を繰り返し使うことによる疲労(プロサッカー選手にも起こります) 〇運動不足中の急な運動開始(日頃運動しないお父さんが運動会で突然に、など) 〇脱水、および体液中のミネラル(カルシウム、マグネシウムなど)の異常 〇筋肉や筋肉を支配する末梢神経の異常 〇心因的影響など ■習慣性の場合 一過性でなく習慣性になっている場合(特に1回の発症時間が長い、または連続的に起きる場合)は以下が原因の可能性があるので、検査を受ける方がよいと言われています。 〇薬(降圧剤、抗高脂血症剤、ホルモン剤など)の副作用 〇病気(腎不全、糖尿病、心疾患、肝疾患、内分泌疾患、腰椎疾患など)が原因のもの 3)対処法 ■発症した際の応急措置 ①筋肉・腱の緊張の緩和 基本は、収縮した筋肉を伸ばして弛緩させる(ゆるめる)こと。 【方法】収縮した筋肉を伸ばすには、つった方向と逆の方向に関節部から曲げる。 相当痛いが思い切って曲げる、またはつったまま歩いてみる、など。 ②薬剤の使用 筋肉や腱の異常緊張・疼痛緩和に効果のある「芍薬甘草湯」を服用。
◆以上の2つに加え、再発防止のために以下も併用するとよい。 ③水分・ミネラル分の補給 スポーツ飲料・サプリメント・食塩などで補います。汗や運動で失われる水分と、それと共に失われる体液中の電解質(カルシウム、マグネシウム、ナトリウムなど)を補給する必要があります。それらミネラル分を含むスポーツ飲料は、体内への吸収が良く、効果的です。 ④体温の維持(部分~全身) 身体を冷やさないようにする。痙攣が収まっても、身体を冷やすと再発することがあります。保温に留意し、また身体を動かして温めるとよいようです。 ■予防法 ①ストレッチ 全身の筋肉・関節を伸ばすことによりその柔軟性が高まり、運動から受ける衝撃が緩和されて、こむら返りが起こりにくくなります。準備・整理運動として行う以外に、習慣化すれば体質改善にも有効です。 ②充分な給水 脱水状態になると体液のバランスが崩れ、こむら返りが発生し易くなると言われています。山行時は充分な水を補給しましょう。歩きながら給水ができる「ハイドレーション」装置を利用すれば、必要量をこまめに給水できるので、発汗などによる余剰水分の排出が抑えられて効率的です。 ③ミネラルの摂取 脱水と同様、体液のミネラルバランスが崩れると、筋肉の収縮がスムースにゆかず、こむら返りの原因になると言われています。日頃からマグネシウムやカルシウムなどを含む食品をバランスよく摂ると共に、運動前後には保健飲料・サプリなどを適宜摂取しましょう。また発汗の多い場合には塩分補給も重要です。
4)発症実例紹介 身近の経験例からご紹介します。 ■鍋割山(標高差約1000m、4月半ば、60代男性、登山経験少ない) 大蔵から後沢乗越経由で山頂へ。長めの昼食休憩の後、下山開始。出発直後の緩斜面から、両脚のむこうずねに軽い痙攣。こむら返り発症予防として常備の「芍薬甘草湯」を服用。急斜面を下りはじめてしばらくすると、両脚太股に強烈な痙攣と激痛が走り、歩けなくなる。芍薬甘草湯を再度服用、収まって歩き出すと、しばらくして再発を2回繰り返す。最後に10分程度の休憩をとった後できる限りゆっくりと歩いたところ、それ以降、再発せずに何とか下りきれた。 【原因】 〇経験不足により、給水をしっかりとらないまま比較的ハイペースで登頂。山頂での充分な給水、ミネラル(塩分)補給などのケア不足。 〇長い休憩で身体が冷えた(冷えが影響するとの知識なかった) 【教訓】 〇芍薬甘草湯を3服は過服用か(翌日から5日間程下肢を中心に若干むくみが出た。副作用としてむくみが出ることがあるらしい) ■南アルプス・三伏峠(標高差950m、9月下旬、60代男性、中級の登山経験) 鳥倉林道ゲートから登山開始後3時間半ほどの地点で、突然太股に痙攣が起き、激痛で歩けなくなる。持参した芍薬甘草湯を服用し、痛みが収まったので登攀を再開したが、しばらくすると再発して歩けなくなることを2回繰り返した。相当ペースを落として歩き続けたらその後は再発せず、遅れは出たが無事目的地へ到着。 【原因】 〇赤石岳・荒川三山縦走山行の初日であったが、夏場の体調管理が不充分。 〇また前夜の睡眠不足で体調にやや問題。 〇給水不足(当日ハイドレーションが故障し、給水に問題) 【教訓】 〇中高年登山者にとり、体調管理は重要。無理がきかない年齢だが、自分への過信や仲間への気遣いなどで無理をしがちに。難しい決断の種となることも。 【参考文献】 1)池上晴夫:健康のためのスポーツ医学―運動とからだのしくみ、講談社、1984。 2)快適登山ノート(『岳人』2007年5月号別冊付録)。 3)日本登山医学研究会編:登山の医学ハンドブック、杏林書院、2000。 4)日本山岳会医療委員会:山の救急医療ハンドブック、山と溪谷社、2005。 5)山本正嘉:登山の運動生理学百科、東京新聞出版局、2000。
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