創傷の処置と止血


                                  2014/08・・・2016/07更新 我孫子山の会・育成係

 Ⅰ.創傷(傷)の処置

 創傷(傷)は多くが出血を伴っています。出血を止める処置、すなわち止血は重要であり、多量出血の場合には緊急を要することは述べるまでもありません。日常での比較的軽症の受傷では、止血とともに創傷の処置(傷の手当て)が必要です。

1)出血
 成人では、血液は体重の1/13(13分の1;約0.78%)を占めています。血液には、赤血球・白血球・血小板の細胞成分と、凝固因子・アルブミンなどのタンパク質が含まれているので、水よりも比重はやや大きく、成人で1.05~1.06です。体重が60kgの人なら、約4.5L(1リットル=1000mL)程度が血液です。 
 なお、血液の塩分濃度は0.9%で、これと同じ濃度の食塩水を生理食塩水と呼びます。0.9%濃度とは、おおまかには水1Lに対して9gの塩分が溶け込んでいる濃さのことですが、正確には次式で求められます。


 *質量パーセント(%)濃度
    =溶質(溶液に溶け込んでいる物質のg数)÷{溶質+溶媒(物質を溶かし込んでいる液体)}×100〔%〕


 
 

      
    
 出血は、血管の破綻(損傷)によって全血液成分が血管外に流れ出す現象です。出血によって血液が体外に失われた場合に、どれくらいの出血量(失血)でどれくらいの危険が生じるのでしょうか。20%(900mL)の失血でショックが起こる可能性があり、30%(1350mL)の失血で生命に危険が生じ、50%で致死的とされます。
 ショックとは医学的には、さまざまな原因によって体内の重要臓器に血液が回らなくなる状態によって、その機能が維持できなくなった急性の病態をいいます。失血によるショックは出血性ショック循環血液減少性ショック)と呼ばれます。出血が多い場合は、まず、すみやかな止血(出血を止める処置)が必須です。
 体外への出血(外出血)がない場合は「内出血」と呼ばれます。この場合は、血腫(けっしゅ)(体内で血管外に出た血液がたまった部分)による臓器や神経の圧迫、ひいては臓器の壊死や、脳内で出血(脳内出血やクモ膜下出血)による生命中枢への機能障害の危険があります。
 登山で関連するものとしては硬膜下血腫(慢性と急性の2つがありますが、とくに急性硬膜下血腫が緊急性が高く、登山では注意しなければならない病気です)という病態があります。
 慢性硬膜下血腫は、例えばスポーツをしていて転倒や衝突、頭部の殴打などがあった場合や交通事故に遭遇した場合のあと、異常なく過ごしていたのが、1~2週間から1か月後などの時間が経過した後に、頭痛や吐き気、記憶障害などの脳の軽い局所症状を伴って病気の存在が気づかれます。少量の出血が脳内で起こっていたのです。それ(血腫)がしだいに膨張して、放置しておくと若年性認知症の原因になったりしますから、油断しないことです。この場合も手術の適応となります。
 活動量の多い若者に見られやすという反面、高齢者やアルコール常用者などにも多く見られるといいます。しかもアルコール常用者は事故記憶がなく、問診だけで推定診断ができないことがあるとされます。

2)出血を伴う創傷処置の注意
 登山中に転倒や刺傷によって出血を起こした場合、出血の部位、規模、状態などによっては、止血とともに前処置が必要となります。

創傷の種類と出血の規模
 出血を伴う損傷は、軽傷~重症の種々があり、程度が異なります。
  ①擦過(さっか)症:擦り傷程度で、出血は少ない。
  ②切創(せっそう;切り傷)、裂傷、刺傷(刺し傷):部位によっては多量出血を伴う。
  ③深部組織損傷:真皮以下(皮下組織~筋層)にまで達する損傷
  ④深部損傷:ときに臓器へ到達する損傷
  ⑤骨折を伴う損傷、筋肉の広範な挫滅
 出血は、表皮(皮膚表面)が裂けた(切れた)状態(開放損傷)を伴っており、外部と人体内がつながった状態です。この場合の危険は、①感染と②出血です。

①前処置・1------感染の防止
 登山中の転倒やスリップなどによる小規模出血(上記の①・②)で起こりうる感染は、常在(じょうざい)細菌による感染と、とくに破傷風(はしょうふう)菌による感染(破傷風)に分けられます。最も危険率(生命危険率)の高いのは、破傷風です。いまだに世界の、とくに発展途上国で何十万人もの人が破傷風で死亡しているといわれます。 
  ◎切創・裂傷    土や腐食した古い樹木などに触れた⇒ 破傷風の危険性あり
              土などではなく、岩角・木などによる ⇒  破傷風の危険性なし
 (1) 常在細菌による感
 常在細菌とは、人体の表面(皮膚、粘膜)や大腸などに定住して、通常は感染などの害悪作用は持たない、病原性の弱い細菌です。これが、皮膚の破綻(開放負傷)や、免疫力の低下に伴って人体内に入り(病原菌の侵入・定着・増殖→発症)、害悪を働くことがあり、種類によっては日和見(ひよりみ)病原体(日和見感染症)などと呼ばれます。例えば、擦過創(症)や切創(切り傷)に伴って起こる化膿は、溶連(溶レン)菌(溶血性レンサ球菌)の一種の化膿レンサ球菌、緑(りょく)膿(のう)菌などによるもので、感染がおこると傷の回復が遅れ、ときに重症化すること(溶レン菌感染では化膿、劇症型感染症以外に、リウマチ熱→心臓疾患、急性腎炎、猩(しょう)紅(こう)熱(ねつ)など多種)もあります。
 登山では、このような負傷のために抗生物質を成分とする塗布剤(ゲンタシン軟膏、ドルマイシン軟膏など;後者は一般の薬店で購入可)を携帯するとよいでしょう。
 (2) 破傷風菌による感染
 破傷風菌は、土壌や古い家屋の床下などに生息しており、傷口が土や腐った木などに接触し、傷口から菌が侵入して破傷風を発症させます。東北地方の被災地でのボランティアで瓦礫(がれき)撤去を行った際に、とくに古釘を踏んづけて刺傷を起こすことに対する注意(鉄板入りの靴の中敷の使用、危険地帯への進入の不可など)がうるさいほど喚起されましたが、あのような腐敗した土壌に多く生息するといわれます。問題は、この病原菌の分布が画一でなく、特定できないことです(どこで感染するかわからない)。
 この細菌で重要なことは、嫌気(けんき)性(嫌気性菌;酸素があると生きていけない細菌)なので、空気のないところでしか細菌の増殖は起こらないという点です。破傷風の可能性のある場所で負傷したときは、傷口をふさがず、開放(かいほう)(開きっぱなし)にしておき、せいぜいガーゼや清潔なタオルでおおう(通気性を保持)程度にします。
 細菌は菌によって増殖する速度が異なり、細菌が侵入したと考えられる時期から感染症が発症するまでの経過時間を潜伏(せんぷく)期(「―期間」は誤り)といいます。破傷風菌の潜伏期は3日から3週間ですから、3日経過しても3週間経過するまでは感染の可能性が残るわけです。潜伏期の幅が長いのは、細菌は活動型ではなく休眠型(芽胞(がほう)という)の形で人体内に入ることもあるためです(発芽→増殖→毒素の分泌)。

 ※芽胞:最強の生物で、100℃・30分の煮沸でも死なない。炭疽(たんそ)菌というのを聞いたことがあると思いま  すが、この菌も芽胞を作る細菌で、しかも炭疽という重症の感染症を起こします。炭疽菌はバイオテロリズムで使われる可能性が指摘されています。なお、芽胞は、かび(真菌)の胞子に当たり、環境がよくなると発芽します。

 傷が深いときは、できるだけ傷の達した箇所まで空気が入る状態にしておきます。ただし、一方しか選択できない環境下にある場合は、止血を優先させます。小枝やとがった石などによる刺傷や裂傷などは、頭部を除いて通常の負傷では大きな出血に至ることはまれですから、傷口の状態と負傷した場所を考えた処置が必要です。次の傷口の洗浄もできるだけ行います。
 破傷風の症状は、破傷風毒素(テタノスパスミン)による神経毒症状で、全身のけいれん(痙攣)が特徴です。口のひきつり(口痙(こうけい))、全身の反(そ)り返りやこわばり(強直)、そのため呼吸筋のけいれんによる窒息死などのおそれもあります。一度細菌が体内で増殖してしまった場合は、致死率も非常に高くなります。
 破傷風の治療は、受傷の初期には抗生物質の投与ですが、ワクチン接種(予防接種)による予防(病原体浸淫地域に旅行するときの予防接種)や、負傷後の高力価免疫グロブリンの注射(毒素の中和)、血清療法(抗毒素血清の注射)などがあります。

 


②前処置・2-----洗浄
  出血がひどいときは、直ちに止血をしなければいけませんが、出血部に土や砂、ゴミなどがついていたり、挫滅(ざめつ)部やビラン(皮膚・表皮組織や皮下組織がズタズタに切れて残った部分)などがあったりすれば、多量の」水で洗って汚れを取り除き、ビランなどはハサミやメスで切り取ります。
 この処置を創縁切除デブリドマンといいます。もはや血液の通っていない組織は、傷の回復の障害となるばかりか、細菌増殖の場=培地となるので、そこを除去して、癒合線・面を成形する必要があります。傷口が波打っていたり、うまく切創面が合わなかったりすると、傷口の癒合が進みません。

洗浄
 もし沢や湧き水などからきれいな水が得られるなら、それを使います。手持ちの水しかない場合は、必要な飲料水を残して、水筒の水を使います。なお、処置用のこのような用途のために、お茶や清涼飲料水以外に、清水(混ざりもののない水道水やミネラルウォーター)を携帯することが好ましいとされます(お茶はいったん煮沸してありますから洗浄に使えると場合もありますが、甘味飲料水は糖分を含むので、それ自体が創傷には不適当ですし、細菌の増殖を促すため、不可です)。
 十分な洗浄を行えば、ほとんどの傷は感染を免れるといわれます。

 
ドレッシング材:ドレッシングdressingは「調理する」「手当てする」などの意味で、広く傷口に適用する被覆材(ひふくざい)のこと、または被覆処置をさします。近年、被覆材の開発は著しく、従来のガーゼなどから、ポリマー(高分子化合物)やジェル素材によるもの、そのほかフィルム状(ポリウレタンフィルム)のものなどに置き換わっています。これまでの創傷の治癒の考え方が根本的にくつがえり、「湿潤環境」理論が創傷治癒に有利だという理解が通説となっています。この理論は、ガーゼや脱脂綿を傷口に当てて、浸出(滲(しん)出(しゅつ))液を吸収させ、創部を乾燥させて治癒を促すという従来の考え方ではなく、創傷を完全に密閉して、そこを湿潤状態に保つ、という考え方です。こうすれば、白血球などの免疫担当細胞や、炎症部位(傷口など)に集まってくる生理活性物質(医学の専門用語ではサイトカインといいます)などが体外に出ることなく傷害部位にとどまるため、傷口の回復が速まるとされます。優れたドレッシング材がすでに市販されていますから、登山では携行することをお勧めします。
 卑近な例では、市販品の「バンドエイド」というのがありますが、最近、靴ずれ用や、傷口用の商品が販売されています。上記のような外科処置の新たな理論に従って作られたもので、一度、傷口に貼付すると、そのままはがさない常置を維持して、傷口に新生の上皮(かさぶた)ができるまで、傷口に適用したままにします。外科処置を行った創部に関して、早期に癒合を促進する方法として考え出されました。また、小さな傷口だったときも、ドレッシング材を張ったまま入浴ができることです。貼付部分がはがれたりしていなければ、そのまま治ってしまうまではがさないで傷口のことを心配することなく、日常を過ごせるのが大きなメリットです。

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.止血


 四肢に分岐する動脈の出血では、出血部位のより根元側を圧迫する、圧迫止血が必須です。圧迫は図の各部に触れる動脈の拍動をさぐり、そこを強く圧迫して、動脈の血液の流れを止め、または減少させる方法です。

1.古典的止血方法
1)一時的止血法
 ・指圧法:損傷部より中心側(心臓に近い側)を指で圧迫し、血液の流れを止める。
 ・緊縛法:止血帯を巻いて強く圧迫して、血液の流れを止める。
 ・圧迫法:比較的傷が小さく出血量が少ないとき、ガーゼなど傷口に当て、圧迫する。
 ・タンポン法:鼻出血や深い傷の場合に、ガーゼなどを傷口に当てて圧迫する。
2)永久的止血法
 手術による縫合など医療処置を伴うもの。

 


2.一般的な止血の手順

1)顔面・頭部
 ①特殊な状況下(山の中など)では、頭部や顔面は出血量が驚くほど多いが、冷静に対応する。
 ②手順:2段階で行う。
  ・手近の清潔と思われる布などによる圧迫・・・3~5分間程度
  ・その後は包帯・ハンカチなどで縛る。
2)切り傷・擦り傷:直接、傷口を押さえて圧迫止血。
3)皮下出血:患部を冷やす。
4)大きな木切れなどが刺さってしまった場合は、抜かないで傷部を保護する。
5)傷口の保護:動きで出血が起こるような場合は、添え木(副子)固定をして保護する。

3.圧迫止血

 ①普通の、比較的小さな傷口のときは、圧迫止血(傷口を数分間強く押さえて止血)を数回行う。
      ↓↓↓↓↓
 ②止まらないときは・・・ハンカチやタオルをきつく巻く止血法(緊縛法)
      ↓↓↓↓↓
 ③このとき、四肢末端への血流が著しく減少する・・・皮膚の蒼白、血流消失、しびれなどがあれば、締め付けを一時的に緩めるなど。
 ➡動脈が損傷したときは、外出血(開放性の損傷でない場合は内出血)となり、放置すると失血性の大事に至る。とくに主幹動脈の損傷であると自然止血は期待できないので、強制的に止血する必要がある。第一には、出血部よりもより体幹(心臓)部に近い部位を強く圧迫して強制的に止血する。血流の完全遮断によっても、末梢部の壊死は短時間(1~2時間程度)であれば免れうるので、タオルや紐を使って強圧し止血を図ることが大切である。例えば手首の出欠であったなら、肘部を強く圧迫して止血する。10分程度経過後に、状態を見ながら止血の程度を観察して、圧迫の強さをを調節する。
 ④止血帯(タオルなどを縛り、その中に棒を通してねじる)は組織の損傷・壊死をもたらす危険が大きいので、状況から判断するが、できるだけ長時間は使わない。

 


4.軟部組織の処置

 軟部組織(筋肉などの実質器官・臓器と骨を除いた部分で、非細胞性の成分=間質から成る)にまで損傷が及んだ場合は、傷口をふさがないでおく。創部の閉鎖によって感染が内部に拡大するおそれがある。


 【参考文献】
   ①登山の医学(東京新聞出版局)
   ②山の救急医療ハンドブック(山と溪谷社)
   ③登山の医学ハンドブック(杏林書院)
   ④救命講習指導要領(財団法人東京救急協会)
   ⑤応急手当(同上)
   ⑥臨床外科看護総論(医学書院)

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