以下は本会における実例に基づいて構成しています。
■状況 11月下旬に南アルプス北部の険しい山を登高するために、車道から別れて誰も通らない長いアプローチ(河原沿いの小道と河川敷)を2時間以上歩いてきました。荒れた河原の道が終わって、さあこれから登山道に入るという段になって、突然、1人のメンバーのはいていた登山靴の靴底がはがれてしまいました(左に続いて右もほぼ同時に)。まだ2日の行程を残しており、しかも危険な岩場や急傾斜地も間違いなくあるし、降雪の可能性も否定できません(もちろんピッケルは携帯していました)。さらに、下山では急傾斜の1500メートルの下降が待っています。 そのほかにも、本会で登山靴の底のはがれた事例を経験しています。その2例とも冬場または晩秋に登山口近くで起こったものだったので、大事に至らずにすみました。ともに、持ち主の自分の装備に対する管理・保守を怠っていたことが原因でした。まさか自分の靴にトラブルが起きるなどということは考えるなどということがないといえば、そのとおりでしょうが、それだといけないということが事実で示されたのでした。まわりの人も、なにげない靴の概観は、実は後ろを歩いている人などのほうがよくわかるかもしれません。おせっかいでも、気がついたときには、そっと知らせてあげましょう。 あなたなら、ここでどう考えますか。ここからが山岳地帯という入り口なので、登山の装備的な条件が整っていなかったとして、引き返すのも1つの選択肢です。しかし、主題からそれますが、引き返すという場合も、おそらくはパーティーの半分がここで判断を迷うでしょう。1人だけ帰すのか、または全員で引き返すのかをめぐって意見が分かれるだろうからです。できれば全員で・・・。大きな山行であればあるほど、事前に重ねた準備は大きいはずです。引き返すと、それまでの努力が水泡に帰します。それも、困難さに直面して山行を断念するというのではなく、基本の装備の欠陥を原因として引き下がるというのは、なんとも情けなく、かなう限りやりたくありません。 といっても、この状態を解決できないまま登高に突き進んでいくのはのは無茶だし、土台、山行自体ができないでしょう。靴は登山の種類によらず、体力・体調と同じほどに山での重要な要素ですから。 【登山靴の機能】 靴は、靴底や側、先端部など各要素が一体となった容器(入れ物型)をなしています。足に対する靴の表面的な保護機能は別にして、靴底は体重を受け、側の面(布・革)は足が左右や前後に振れ(ずれ)を起こさないように位置の安定を支持・保持して、一歩の歩みを目的の位置に確実に持っていく役を果たします。ある位置に持っていって踏み下ろした後も、靴と足との適合状態がそのまま維持されるための役割も果たします。同様に、靴と足との厳密な並行関係が保持されるので、靴の中では足はつねに同じ快適な環境に維持されるわけです。 靴底は、周囲の環境のうちでも最も変化の著しく不安定で、厳しい外部に対して、足を保護します。尖った岩の上に靴底を乗せたときも、枯れ草の上に乗せたときも、足がそれらの外部の環境にじかにさらされることはありません。状態としての表面の環境と同時に、靴底が乗った面積や接触部分の不安程度などの形状的な環境に対しても、靴底は安定した状態を足に与えます。靴底に置いた足の裏はいつも同じ状態、同じ安定した形態のままなのです。これは寒冷条件に対してもほぼ成り立ちます。 さらに靴の上側の部分(紐で締める調節箇所)は、靴を持ち上げる(足を移動させる)際に足と靴とが離れず、また保った適合性を維持するように機能します。足の踏み出し、踏み下ろしと蹴り、持ち上げの一連の動きでも、足と容器としての靴との適合性(フィット性)はなんら変わることがありません。もし変わったら、足を目的の位置に着地させようとしても、ねらいが外れたり、所定の位置に踏み下ろすことはできても、微妙な安定の保持ができません。靴は、足をどこに移動させる場合にも、足とともにぴたっと沿って動く、足そのものの一部ということもいえます。 さらに、靴底にクッション性のよい中敷き(インソール)を敷くと、靴が着地したときの衝撃をやわらげてくれ、ひいては膝の衝撃をも緩和してくれます。靴底自体にその機能が期待できますが、弾力性のある素材を使うと、その効果がさらに増します。その効果は、とくに下山で顕著です。 【解決策はないか】 ところで、最初に掲げた靴底のはがれに対して、なにか解決策はないか、解決不可能な事態と考えるかどうか。もし方策が何もないとしたら、ここから退却するしかありません。靴底がはがれるのは、靴としての機能を失うことなので、いわば「はだし」で山を歩くことになり、それは無理となるからです。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ まず、使えそうな、持っている小物類をすべて出してみましょう。ガムテープ、テーピング用のテープ、針金、細引き紐、ビニール紐、ビニールテープ、テントの張り綱用のロープ、三角巾、スリング類・・・・。いろいろとありますね。これらすべてがこの場合の補修の目的で使えます。これら以外に、速効性強力接着剤(アロンアルファ)も有効です。テントを背負っているなら、テント固定のための細引き紐は必ず持っているでしょう。これらで、「処方」にあげた方法によって靴底を靴の本体(足)に縛り付けるのが、ほぼ唯一の今回の対応方法です。アロンアルファで接着したとしても、そのバックアップのために、紐での補強は欠かせません。 何日もかける雪山であれば、一時的な処理で逃れようとする姿勢は危険だといわねばならず、登山はあっさりとあきらめるほうが賢明ではありましょう。また、持っている資材の種類や量にもよります。例えばガムテープをある程度(長さ)持っているなら、ガムテープ自体は相当な耐久性がありまが、必要に応じて張り替えたり、補強したりすれば、登山を敢行できる可能性は十分あります。しかし、厳冬期にはそのような補修ができる状況も限られますし、時間も制約を受けるし、さらに岩場の通過の際に補修部分が破綻するおそれがないといえませんから、危険を承知で行動をとる必要があります。
■理解 登山靴は購入後5~7年すると、劣化が表面化する可能性が高くなるといわれます。革製品であれ、繊維製品であれ、靴の壁面や靴底自体の組成がどうなるということなのではなく、素材どうしをくっつけている接着部分の劣化がおこるためです。靴のハードの素材自体は繊維や一連の素材でできていますが、接着部分は繊維結合でない化学成分の非恒久的な結合なので、その成分の化学変化が起こると接着効果が低下、または消失します。ましてや、衝撃・荷重のかかり続ける登山靴であるうえ、底にはさらに大きな力がかかります。 化学成分は紫外線や水によって劣化が著しく進むとされています。靴底の接着部分が紫外線にさらされることはないでしょうが、水分の影響は間違いなくあるでしょう。経年劣化もわずかずつながら必ず起こっています。最近、本会でもしばしば靴底のはがれたという実例が発生しています。山の会の外の方からも2例ほど、実例を耳にしています。 かつての山靴は、底が靴本体に縫い合わせられ強化されていましたから、こういった実例が報告されることがありませんでした。それ以外に、靴底を張り合わせた後の処理として、その接合部の全周をゴム製品で完全に覆って閉鎖し保護する製法がある程度以上の高級な登山靴にとられてきました。 ところが、どちらも、「職人」の製品作りから、「使い捨て文化」の進出による靴の安易な製法に切り替わると同時に、性能低下を示すように、靴底のはがれる事例が頻繁に報告されるようになりました。より簡易な方法に移行していったのです。外側のゴムがはがれて、その後、靴底がはがれるという順序をたどるので、外側のゴム面が持っている間は底のはがれも気にする必要がなかったのですが、その過程を見ることなく、いきなり靴底のはがれが出現していきます。 こうした現象が頻出するに及び、メーカー側も登山者に注意を促すようになりました。欠陥商品にかかわった責任問題となりますが、製法自体に反省が促されるようには結局はなりませんでした。そのような結果、今日では、仮に靴底のはがれで問題を生じてもユーザー側の注意不足というおおよその風潮になっているように見受けます。PL法(製造物責任法)はどうなったのでしょうか。 ウェブページでも靴底のはがれる事故に対して注意が喚起されています(関連ページ)。 |
図1 靴底の補修 靴底の全周(まわり)全体に 巻いたあと、踵とつま先や足 首などにも巻く 。必要に応じ て、細引きも使う。細引きは テントにも入っているはずだ から、なんでも臨機応変に利 用する。 |
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■登山靴のチェックポイント 1.購入してから、または使い始めてから、5年以上たっていないか。 2.靴底をまだ一度も張り替えたことがないか。 3.その靴がどことなく古びていないか。 4.その靴が流行の時期からかなり経過していないか。 5.その靴を自分の「好き」だけではき続けていないか。 |