山でのトラブル対処法
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濡れと寒さ

                                               2017/07掲示 我孫子山の会

 山好きのみなさんも山行の途上で、例えば道に迷った、ガスに巻かれて進行方向や自分のいる位置がわからなくなった、同行者の姿が見えなくなった、足がつって動けなくなった、雨や汗で体が冷えて震えが止まらない、予定した時刻に着かず真っ暗になった、靴底がはがれた、捻挫をおこしてしまった、などなど、さまざま困った経験を、少なくとも一度はしたことがあるのではないかと思います。でも、幸運なことに、それをなんとか切り抜けて、重大な結果に至ることもなく、「現在」があるわけですね。
 今回は、それらの事態からトラブルを具体的に取り上げて、どのようにしてその危地を切り抜けるか、ということを学んでいきたいと思います。一方、逆にいうと、それらの中身をあらかじめ念頭に置いておけば、それらの事態に陥る危険性を、知らないよりは回避できるわけです。「後悔先に立たず」と言いますから、山にいて「困ったとき」にどういうケースがあるかをまず知っておき、自身の体はもとより、登山道の周辺に転がっている、石ころならぬ「危険」や「失敗」に視点を向ける習慣をつけていくようにしたいものです。

   

状況
 6月の山で、峠への上りの最後でポツポツと降ってきました。きついつづら折れの傾斜を2時間ほども登ってきて、たっぷり汗もかいています。雨滴が激しくなったので、樹林の陰で合羽を着込みました。やがて峠に出ると風が強まり、急激な寒さを感じるようになりました。午後も遅くなり、テント場(または山小屋)までまだ1時間程度はかかる見込みです。

理解
 この状況では、深刻化する「寒さ」があります。ここで気をつけなければいけない点があります。
峠に達したということなので、上りが終わったということです。上りであれば、激しい運動が持続して
いるので体温は比較的高めに保たれやすいのですが、運動が少なくなる峠から先や、稜線上であ
れば、別の注意が必要となります。地形を頭に入れておき、風が強まる地帯に進む前に、いったん
荷を降ろして、衣類を着込むなどの予防的な対応が必要です。吹きさらしの場所などでは、衣類を着込むのが困難なときがありますし、その間にも体熱が奪われます。
 その状態を放置すると、低体温症に陥る危険性があります。低体温症では、体の震え、ろれつのもつれ、運動機能の低下や痙攣、眠気などから、重症化すると意識障害をきたし、体温が34℃以下になると生命の危険(死)があるといわれています。
 その第一の原因が濡れであることは論を待ちません。さらにが体温を奪っていきます。その濡れの原因には、汗と雨があります。発汗は体温調節を行う機能なので、強度の運動を伴う登山において避けることができません。雨も天候しだいです。山では通常、適当な雨宿りの場所などありませんし、先に進まなければ到着時刻の遅れや食料不足などで危険をさらに倍加させることになりかねません(ただし、吹きさらしの稜線上などで強風にずっと吹かれ続けるのは危険と判断されれば、ツェルトなどを持っていたなら、時間を見ながら行動を停止して、「待機」という判断をするほうが賢明な場合があるでしょう)。雨を承知で進むことは、登山では普通にあることです。どちらにしても、登山を続行すれば、ある程度は濡れがおこっています(▼図1)。   

 

   濡れに対しては、ゴア製の雨合羽を着れば濡れないですむというのは、少々短絡にすぎます。なぜなら、たとえゴア・テックス(Gore -tex)というすぐれた機能製品を着用していても、汗はそう思うように外に出てはくれません。降雨(雨)というのは、水蒸気が目っぱい水滴を作ろうとする外気の状態(飽和水蒸気量の空気)なので、外も合羽の内側と同等に水蒸気圧(量)が高く、「内→→外」という水分(水蒸気)の移動は自動的にはおこらないからです。つまり、合羽の外に汗は出ていこうとしないのです。外に水分を出すというゴア製品の効用は、内より外の水蒸気濃度が低い場合に限ります(雨具の内→外への移動はあくまで拡散という、能動的にエネルギーを使わない現象によります)。
 また風があれば、寒さが増強します。長時間、濡れたままで風を受け続けると、風は外気を強制的に伝えるほかに、水分を気化させて気化熱によって体温を奪うため、非常に危険です。
◎体温喪失の経路:寒さ・冷えは、どこから来ているのでしょうか。①熱伝導、②水による体温の奪取(直接の体温喪失とともに蒸発による喪失)、③風の影響。さらに④運動の停止の影響もあるでしょう。結局は①~③をどう遮断するか、ということになります。
 ①熱伝導による体温の喪失:じかにはほとんど水が熱伝導を進めます。しかも熱は、水や電流の流れと同様に、高いところから低いところに流れるので、伝導は「高温域→→→低温域」と一方通行に進みます。ところで、高温域=体、低温域=外部(とくに外気)なので、体の熱を外に逃がさないようにするには、体と水の接触を断つ必要があります。水は高い熱伝導媒体ですから、濡れた衣類と体とをできるだけ触れさせないことが重要で、そのためには、体と濡れた衣類があれば、その間に乾いた「空気層」を挟んでやることが肝心です。空気(層)は熱伝導率が非常に低いので、雨や汗で濡れても、空気層を設けることによって、体熱の伝導(脱失)が阻止できます。
 ゴア製の雨合羽は、特異の微小な選択的「小孔」を持っており、外部から雨は通さない代わりに、汗は出すという優れた機能を持っています。ゴア製品の雨具を着れば、それ以上の雨の浸水による濡れをおこすことはありませんし、内外に水蒸気量差があれば、外に汗が出ていくので、ビニール製のものよりも快適です。雨天の中では、その機能が働かないことは上に述べました。
 さらに、寒さを感じ始めたということは、熱の産生よりも熱の喪失のほうが大きくなって、「発汗」が停止する状態を示しています(発汗は、体温が上昇した場合に定温=恒温を維持するためにとる体の防御反応だからです)。相対的な運動量が落ちた状態であること、さらにそれが体力の衰弱を促進するだろうことを示していますから、「寒さ」という現象はそれ以上の危険を意味していることがあります。だから、体温がそれ以上余計に失われないように対処しなければいけません。
 ②水による体温の奪取:上に述べたように、熱伝導を媒介するのは水ですから、合羽と衣類が持つ水をできるだけ除去することがまず重要です。また、熱伝導は接触によりおこりますから、水を含んだ衣類などとの接触面を少なくし、体に水分が直接に触れないようにすることが肝心です。
 そのほか水が蒸発する際に熱を奪う気化熱による体温喪失もあります。運動後に自分の体から白い蒸気が出ているのを見かけることがありますが、それがその現象です。水分の蒸発は、体温による水分の上昇でおこります。
 ちなみに、多くの水が体に付着したままでは水分の発散はおこりにくく、熱中症などで緊急に体の冷却が必要なときは、水分を多く含んだタオルで拭くよりは、絞ったタオルでうっすらと水分がからだにつく程度に伸ばしながら拭くと、より効果が高いというのは、そのためです。水分の気化がおこりやすいからです。ただし、数分おきに繰り返し拭くことが必要で、軽く風を送りながら行うといっそう効果的とされています。
 水分は、水1グラム(g)=1mLの蒸発につき、539カロリーの気化熱を持ち去ります。1日の成人の必要摂取エネルギーは体格や性別にもよりますが、だいたい1800~2000キロカロリー(kcal)ですから、1日の十分な栄養(エネルギー)摂取をしていたとしても、3500g(3500ml=3.5L)の発汗で、摂取したエネルギーのすべてが熱のために消費されてしまう勘定です。通常でも登山による発汗は1~2L程度はおこっていますが、いつの間にか汗は乾いています。これは、知らず知らずのうちに体から体温を奪っています。仮に1Lの発汗があり、すべてが(流れ落ち、または拭き取りなどせずに)気化したものとすると、539キロカロリーの熱量が体温から奪われたことになります。これは、1食分に相当します。体温の維持には、食べること、エネルギーの摂取が大切なことがわかります。
 ヒト(生体)は、体温維持以外にさまざまな臓器の活動に多大なエネルギーを必要とするので、体温維持にエネルギーが多く使われすぎると、臓器のほうに回せなくなります。 当然、最もエネルギーを必要とする脳(神経細胞)と筋肉(筋線維/筋細胞)にエネルギーがいきわたらなくなり、生体としての活動(思考・運動)レベルや運動機能レベルが大きく低下することになります。また、体液成分(電解質や栄養分など)の調節を行っている腎臓や、栄養素・老廃物の代謝に関与している肝臓・膵臓の機能低下を引きおこすため、全身能力は確実に低下します。だから、体温上昇で汗をかいたときや、雨を受けて濡れた体はそのままに放置せず、体温の喪失量ができるだけ少なくなるように対処することが、登山での脳・神経や筋肉の運動能力、その他の身体臓器機能を保持するのに必要なわけです。
 ③風の影響:風による直接の冷却効果です。風は風速が1m/秒強くなるごとに、体の感じる温度(体感温度)を1℃低く感じさせるといわれます。しかも、風の強さが強くなると、その強さに単純に比例する以上の深部体温の低下をもたらすとされます。強風を受けるときは、それだけ体温の急激な喪失という危険性が増すことになります。風が衣類を通過して体に向かって入ってこないように、ウィンドブレーカー(ヤッケ)を着、下にはより厚着をするようにしなければなりません。また、風は気化を速めますし、そのぶん体を冷やすことになりますから、体幹部など体の主要部の露出は避け、きちんとボタンやジッパーを締め、タオルなどを首に巻き、風が当たらないようにする必要があります。
 尾根に出る前に強風を予感したなら、風のないところであらかじめ衣類の調整をすることなども重要です。強風下で衣類を着込むのなどは、とてもお勧めできません。
 


 

 



 図2 濡れた衣類の着方
    A:化学繊維  B:綿製品
    C:ゴアの雨具
 
赤の矢印:汗の移動方向
 ※体から発散した汗は撥水性のある化学繊維から外に出ようとする。その水分をBの綿製品が吸い取ってくれるので、体は水に多く触れなくてすむ。Bは水分を多く吸収したら、早めに交換するか、絞るのがよい。


 
 
 処方(図2)
 具体的に示します。
 ①衣類を着込む:濡れた部分と体の間にできるだけ濡れていない、乾燥した層を挟むことです。順序としては、綿製の肌着はじかには肌に着けず、化学製品の肌着をまず身に着け、その上に綿製の肌着を着、その外にゴア製の合羽を着ます。化学製品の肌着は、それ自身が水分をため込まず、外に出そうとします。水分(ほとんどが汗)を、外側の綿製品が吸収してくれるので、体が接する衣類は比較的乾燥状態が維持されます。繊維成分ごとに吸水性・吸湿性、透湿性、含水性が異なるので、違った繊維を重ね合わせることによって、より水分の少ない成分に水が偏って移動するためです。最も含水性が低い衣類を肌に当たるように着る工夫です。
 水分を多く吸った綿製品は適当な場所で風をよけながら、絞って水気を少なくしたり、着替えがあるなら取り替えたりすれば、発汗の濡れによる寒さをある程度防ぐことができます。また、体幹の皮膚を乾いたタオルなどで拭くのも効果があるでしょう。そのほか、衣類Aは撥水性(水をはじく性質)を持っているので、AをBと同じ乾いた素材(タオルなど)で拭いてやると、一部水分を取り除くことができます。
 以上で体温の保持ができると、臓器の機能が復活し、体温産生に働きます。これが寒さを防ぐことはもちろん、濡れた衣類の乾燥に働いて、体温上昇から体力回復につながります。重要なことは、生理的な体調不良の1つである低体温症で機能が少しずつ低下していっても、それを、置かれた状態で徐々に改善する物理的な条件(衣類を着込む、暖かい衣類に替える、テントやツェルトに入って活動を停止し、発汗を止める、風を遮り、適当な食料を補う)をできるだけ臨機応変に整え、また工夫することが重要です。
 非常のためにも、ビニール袋に入れた乾いたタオル1~2枚くらいは携帯したいものです。
 ②体表面の水分を拭く:Bと同じ綿の素材で体に残った水分を、できるだけ拭き取ることが大切です。また、水分を吸収し続けるBは適度に絞って、水分含有を少なくします。
 ③濡れた面積を少なくし、体幹部を保護する:体温中枢は延髄にありますが、中核体温(体の芯の体温)が低下すると危険です。筋肉は冷えると運動レベルが低下しますが、体幹部の内部には重要臓器が納まっています。どの臓器も、生命機能の維持に不可欠なものばかりです。腹部~胸部はできるだけ保温に努めることが大切です。
 ④防風性の高い衣類を着る:ゴア製の合羽で十分です。
 ⑤加温の工夫:もし状況が許せば、持っているテルモス(魔法瓶)のお湯をペットボトルに移し変えてタオルで薄くくるみ、それを腹部に挿入すると保温効果が得られます。
 ⑥緊急避難:低体温症の症状が同行のメンバーに出てきた場合は、パーティーの進行速度が急激に落ち、他のメンバーにも危険が及びます。早めのビバークを心がけ、最も弱いメンバーを保護することはもちろんです。それと同時に、介抱するメンバーが同じような状態に陥らないように、自身の体調維持を図らねばなりません。
 ⑦栄養摂取:ともかく、無理してでも「食べる」ことです。山で食べすぎるということはありません。食べれば、それが必ず生きてくることを信じて、なにがなんでも「体に入れる」ということを覚えておきましょう。高い山に登ったときに、高度障害で「吐き気」が生じても、食べなければいけません。
 ⑧あわてない:精神的な動揺があってはいけません。冷静に対応しましょう。
                                             (2014/11/19 T・K)
 

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