登山と水分量のバランス



                                                     2014/07 我孫子山の会

 登山者にとって「登山と水分量(どれだけ水を飲めばいいか)」は永遠の課題ではないだろうか。過去に炎天下のもとで水筒の水が不足した経験をお持ちの方は、一人や二人ではないと思う。身体と水との関係資料は、調べれば調べるほど奥が深く、非常に興味深いものであった。
 本稿は、登山時の飲料水が、体内の水量バランスを保つためにいかに大切なものであるかを示したものである。また、鹿屋体育大学の山本氏より、登山時のエネルギー・水分補給に関する指針が提唱されているので紹介した。今後の登山をする上での参考にしていただければ幸いである。(I・Y)

       

1. 生体エネルギーと代謝に関わる水の役割
 私たちの身体の中で発生するエネルギーは、体内に摂取あるいは蓄積した糖質、脂質、タンパク質の分解により得られる。その過程の中で、主な化学エネルギーの運搬分子としてATP(アデノシン三リン酸)が挙げられる。この分子の加水分解反応によりエネルギーが放出されると同時に、水が発生する(文献1)。
 エネルギー源の内訳として、糖質(約60%)、脂質(約25%)、タンパク質(約15%)の3種類が挙げられ、役割は次の通りである。
 
 糖質     →即時型エネルギー源
 脂質     →貯蔵型エネルギー源
 タンパク質  →緊急型エネルギー源(本来、身体を構成する成分として機能する) 

 これら3物質は、次のような過程を経てエネルギーと水を発生させる。
 ●糖質→グルコース→・・・
 ●脂質→脂肪酸→・・・
 ●タンパク質→アミノ酸→・・・
 いずれの物質(栄養素)も最終的には、アセチルCoAを経て、クエンサン回路で代謝され、
  C→CO2、H→H2O 
という反応によって大量のエネルギー(ATP)を発生する。
 このように、身体の機能を保持し、活動させるために必要なエネルギーを得ることによって水が発生し、体内活動に寄与している。 

2. 水と電解質(ミネラル)の関係
 水分子は双極性(陽極にも陰極にも親和性を持つ性質)で、分子間での水素結合によるゆるやかな集合体を形成しているため、多くの種類の物質に対して高い溶解性を示す。そのため、細胞内の酵素反応や代謝、あるいは血液などを介した物質輸送を円滑なものとしている。また、水の持つ高い比熱や大きな気化熱は、体温を代表とする身体の恒常性維持に欠かせない性質となっている(文献1)。
 この水が身体全体を潤すことで我々は生命を維持しているが、その水分量は摂取と排泄の調節により一定に保たれている。このバランスが崩れ、身体の水分量が異常に減少した時に脱水状態に陥る。
 1日の水分出納量は、成人で体重の約1/30であり、内訳は次の通りである。
 ◎ In=  飲料水      :500~1000ml
         食物の水分   :700~1200ml
         代謝水      :300ml 
                  計1500~2500ml
 ◎ Out= 皮膚・呼吸で失う分:900ml
         便         :100~200ml
         尿         :500~1500ml
                  計1500~2600ml
 
 人の体液の構成割合は次の通りである。
 
 水分量:体重の約60%   細胞内液 40%  
 細胞外液 20%  組織間液 15%
 血漿(けっしょう) 5%
     
 体温調節は、上記体内水分の一部がとなり、皮膚での蒸発の際の気化熱により熱を奪われることで、維持されている。汗となる水分は血管の血漿(けっしょう)浸透圧により調整されており、水が足りなくなると最初に尿を濃縮し、濃縮により得た水分を血漿中に取り入れることで水分を確保する。補えなくなると口渇により飲水を促して水分を摂取させ、血漿浸透圧を保っている。よって、口渇が生じる前に尿の濃縮が始まっているので、のど(喉)が渇く前に脱水は始まっていることになる。
 通常なら、水の摂取量は必要量より多く、余分に摂取した水は尿として排泄されている。水調節は消化器・腎・肺・皮膚などで行われている(最終的には腎臓がホルモンによって調節する)。
 脱水による弊害として、次の6項目が挙げられる。
 1) 熱中症
 2) 血栓症(心筋梗塞、脳梗塞、肺塞栓(そくせん))
 3) 循環血流量減少性ショック
 4) 腎障害
 5) 持久力低下と疲労
 6) 筋肉の痙)攣(けいれん;つり)
 特に5)項の具体的症状としては、体重の1%脱水で心拍数が5~10拍増え、心臓への負担が増す。2%脱水で運動能力は10%低下し、3%脱水では運動能力の明確な低下を示すと同時に、血液濃縮による疲労感・倦怠感・頭痛・めまい・息切れ・低血圧などを引き起こす。
 また6)項の具体例としては、筋肉内の電解質(Na、K)のバランスが崩れ、ふくらはぎや太ももがつる症状がみられる。
 ここで、血中水分量を保持するために大きな役割を果たす電解質(ミネラル)について、少しふれておくことにする。
 電解質とは、水に溶けてイオンとなるもので、体液分布、体液浸透圧、酸・塩基平衡を一定に保つはたらきがある。特に、細胞内液にはカリウム(K+)、リン酸(HPO42-)が多く含まれ、細胞外液にはナトリウム(Na+)、塩素(Cl-)が多く含まれている(文献1)。
 前述の足がつる(痙攣)現象は、筋肉細胞の内側と外側でのイオンバランスが崩れることによって起こっている。
 体内の電解質には、7種類の多量元素と約50種類の微量元素があり、含有量は人体重量の3~4%である(4種類の主要構成元素O、C、H、Nは細胞・組織を構成する成分で、人体重量の95%以上を占める)。

 多量元素   Ca、K、P、S、Na、Cl、Mg
 必須微量元素   Fe、Zn、Cu、Cr、I、Co、Se、Mn、Mo、F、Ni、Si、Sn、V、As 

 ミネラルは酸・塩基平衡、水分平衡、体液の浸透圧調整などへの関与に加え、骨や歯などの硬組織や、酵素、ビタミン、ホルモンなどの構成成分としても機能している(文献1)。

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3. 登山と水分
 運動をすると筋肉が発熱し、体温が上昇する。体温が42℃以上に上がると循環機能が著しく低下し、死亡する場合がある。運動で体温が上がりすぎて死に至ることがないのは、発汗による放熱作用とそれを支える水分摂取、及び汗の蒸発に適した服装による。
 人の身体は、体重1%の水分損失で直腸温が0.3℃上昇する。登山前後での体重減少量の多くが脱水量によるものと考えれば、水分を失うことと引き換えに、死に至るまでの温度上昇から身を守ったことになる。ちなみに、夏山縦走の場合0.3~0.5l(リットル)/時間からそれ以上の水分が、汗と吐く息の中の水蒸気として失われる。
 実際に口渇により補給した水分量だけでは、登山で失われた水分量の2/3程度しか満たされておらず、飲みたいだけしか飲まないでいたのでは、必要水分量には及ばないこととなる。仮に軽い脱水症状でも、身体が元の状態に戻るまで、まる1日以上かかる(文献2)。同様に、登山中、自由摂取している程度の水分量(1000~1200ml)では、血液量低下・心拍数増加となるとの報告もある(文献3)。
 また、海抜1000m程度のの軽登山で、各群n =5に対して水分軟度で比較した場合、硬水(電解質成分を多く含む水;少ないのが軟水)摂取が有効(文献4)、及び大きな山夏山登山(1710m)では、各群n =7に対しても硬水摂取が有効(文献5)であるとの報告がある。
 話はそれるが、ペットボトルによる給水の際、飲み口に雑菌が繁殖するので注意が必要であり、口をつけずに飲むことを推奨するとの報告もある(文献6)。
 高所では、脱水状態に加え体組織が酸素不足状態に陥ると、毛細血管壁や細胞膜の水分透過性が変化して細胞内や細胞間隙に水がたまる。その結果、その分だけ血液は濃縮され、循環血液量が減少する。さらに、低酸素状態では肝機能が悪くなる。最終的には、全身に水がたまって浮腫(ふしゅ;むくみ)となり、尿が減少する。

登山時のエネルギー・水分補給に関する指針(文献7)
1) 行動中のエネルギー(kcal)と水分(ml)の消費量
 同じ式で与えられる。
     行動中の消費量=体重(kg)×行動時間(h)×5 
       (係数「5」は環境温が25℃以上の場合、6~7とする。)
     さらに詳細には、次の式が推奨されている。

     行動中の消費量={1.8×行動時間(h)+0.3×水平方向への歩行距離(km)+10×累積上昇距離(km)
      +0.6×累積下降距離(km)}+{体重(kg)+ザック、衣類、靴などの身に着けているものの重量(kg)}      
  これらの7割を補給することを推奨している。
  
 例)体重60kgの人が5時間の登山を行った場合
     脱水量=60×5×5=1500ml
     最低1800×0.7=1260ml の水を持参することを推奨している。
  ①水分補給は最低でも1時間ごとに行い、登山前に250~500ml 補給し、行動時間が3時間を超える場合には、    塩分などの電解質を補給する。
  ②エネルギー補給についても、消費量の7割以上を目安とし、炭水化物(糖質)を多く含む食品を、最低でも2時     間ごとに補給する。

2) テント場でのエネルギー(kcal)と水分の消費量(ml)

  消費量=体重(kg)×生活時間(h)×1

 水分、エネルギーともに消費量の全量を補給する。特に朝食は、炭水化物(糖質)を多く含む食品がよく、昼食・夕食では、炭水化物(糖質)に併せてタンパク質や脂質も補給するのがよい。
 日本勤労山学連盟がまとめた資料によれば、山岳事故が多発しているのは10~11時台と13~14時台で、12時台にはいったん減少する傾向にある。その原因の一つとして、エネルギーや水分の不足が関係している可能性が考えられるとしている(文献7)。
 
4. 対策
 日々の定期的な運動による体力や筋力の増進活動は言うまでもないが、特に熱中症対策について述べる。

1) 登山における効果的な水分の取り方(文献2)
 ① 登山中は体液の浸透圧が下がるため、2.5%前後の糖分を含む飲料が速く吸収される。登山口にて2~3倍に   薄めたスポーツドリンクを500ml 程度飲んでおくとよい。
 ② 15~20分ごとに200~250ml の同様のスポーツドリンクを補給する。
 ③ アルコールやカフェインを含むコーヒーやお茶は利尿作用があり、脱水の原因になるので控える。
 ④ ジュースや炭酸飲料は10~20%の糖分を含むため、吸収されにくく、水分補給としては不向きである。
 ⑤ 5~8℃前後の水の吸収がよいといわれているが、胃の負担を考慮し15℃以下で補給することが望ましい。
 ⑥ 一度に大量の水をとると、胃にたまってしまい吸収が悪くなる。

2) 血液量を増やす
 高タンパク質食摂取によって血液中のアルブミン(血液中に分布するタンパク質)を増やすことで血液の浸透圧が高まり、血液に皮膚や筋肉から水分が多く取り込まれ、血中の水分が増加し血液の量が増える。血液量が増えると、汗が出やすくなる上に、皮膚血流の増加による熱放散をしやすくし、熱中症になりにくくなる(文献8)。
 アルブミン(血中に含まれるタンパク質成分)はややキツイ運動の後に、牛乳やバナナなどを取ると、含まれるタンパク質や糖質によって肝臓で増産される。

3) バランスのよい食事で免疫力の低下を防ぐ
◎熱中症対策ドリンク(文献8)

 水  1l
 砂糖  50g
 塩  1.5g
 レモン果汁   少々

 

文献
1) イラストでまなぶ生化学、医学書院、東京、2009
2) もう山でバテない、山と渓谷社、ネットより抜粋
3) 登山医学 2006,26:91-97
4) 登山医学 2003,23:77-82
5) 登山医学 2004,24:75-81
6) 登山医学 2004,24:69-72
7) 登山医学、2012,36-44
8) NHK総合「おはよう日本」、2013.7.2放送

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