登山の安全管理 

2.登山における安全確保



2014/10/01 我孫子山の会・育成

このページは本会の育成講習で用いた資料に基づき再構成しています。


登山の危険域
 危険があろうとなかろうと、また危険が大きかろうと小さかろうと、登山では注意しなければいけない基本がある。危険が明らかなところ、大きい場所が必ずしも危ないのではない。危険を認識しないままに、危険な場所はもちろん、危険の周辺、危険の近くを進むことが危険なのである。それは、危険を危険として認識しないという態度だからである。危険は奥行きや現場のアドリブ性(変幻無比に変わる様)を持っている。それぞれの現場に対して、自分と危険とをつねに等間隔に保つこと、それは危険と絶対的な距離を詰めないことであり、自分のいる「案全域」に一定の「ノリシロ」を確保することである。
 ▼写真は2枚とも北岳バットレス。左は登攀部への取り付き(bガリー)の手前の傾斜、右は登攀を開始して行程半ばで。

 登山における「安全管理」(安全を持続的、安定的に確保するために行う営み)の第2項。安全の対極には「危険」、言い換えれば安全でない状態=不安全がある。「安全」を確保・保持するには、その場所、いま立っている位置がいかに安全でないか、その危険を絶えず認識しなければならない。
 そこで、ここでは「危険」としてどのような自他の部分、側面を観察し、認識しなければならないかということについて、考えられる因子や場面を拾い上げてみた。登山者は「山岳環境」に身を置く以上、第一に、その環境の特徴を知っておくべきである。それと同時に、「感受性」とそれへの「対応力」の保持である。日常においてなにげなく見ている周囲の景色にも、危険が潜んでいることを感じる感受性、アンテナ、そして対応力が不可欠である。危険を察知することが、危険を身近に引き寄せない最大のコツなのではなかろうか。危険は近寄せすぎないで、しかたなく近寄ってきたときには慎重にそれをいなすことが大切だ。(KT)


1.登山における安全と不安全
1)登山における広義の「安全」とは
   
安全の維持、目標の達成、肯定的な好ましい結果をいう。
   【具体的には】
   ・山中でけがや病気などをしないこと・・・身体的に異常のないこと
    ※「ヒヤッ!」とする経験もしないこと
   ・予定どおりの進行が図れること・・・進路上、時間上、問題のないこと
   ・目標が達成できること・・・目ざした山に(いい状態で)登れること
   ・自力ですべてが行えること・・・隊以外の者の力を借りないこと
   ・パーティー登山の場合には脱落者・疲労者が1人も出ないこと
   ・隊列の進行上、状態に問題がないこと


図1 登山道上での対応
何人かで行う山行(パーティー登山、隊列登山)では、リーダーだけでなく、できるだけ多くの目(できれば隊列の全員の目)で危険や山の状態の観察を行いながら進む。危険を察知したら、その人はリーダーと隊列全体にその速やかに情報を伝達する。「もしもここで滑るなどしたら、ただごとではすまない」と思われる場所で、隊員に油断が生じそうな場所に至ったときは、リーダーは停止を指示し、危険をきちんと認識しながら進むように告げる。ただし、停止場所は安全でなければならず、場所場所を見きわめながら判断する。


2)登山において安全を阻害するもの―すなわち「危険」となる要因
 a.客体的な条件や状況
   その前に、まず山自体を、基本的に「危険域」と認識することが必要。
  ○山自体の危険・・・危険との対面・接触と生じる結果
   ・急坂や急な岩場・・・転倒・転落、滑落 ⇒大事故(骨折、強打)
   ・岩や石・・・転倒・転落、足の殴打や切創、骨折
   ・落石や山面の崩落・・・大傷害事故
   ・崖(がけ)や谷への落ち込み、隘路・懸崖・・・大傷害事故(骨折など)
   ・滑りやすい場所やぬかるみ・・・転倒、スリップ、殴打、骨折
   ・道迷いをおこす地形や深い森、倒木、登山道の荒廃・消滅・・・道迷い遭難、疲労


図2 危険な場所
右の写真は明らかに危険な場所。八ケ岳連峰の権現岳からの下りだが、鉄梯子の上がワイヤーで牽引されているとはいえ、登山者1人につき70~80kgの荷重がかかっている。2人が同時に乗ったときの負荷は150kgにもなる。数十本打たれたピンなので1本当たりはわずかではある。錆びた細いピンで地面に留められており、地面は崩れやすい花崗岩質の土だ。慎重にいくには1人が降り切るのを待って、後続者が降りるべきである。このようなロケーションでは、誰しもさすがに注意をとぎすますが、かといって左の写真の状態が危険でないことはない。危険な状況は「すぐ近く」にある、という認識を忘れないことが重要だ。危険との「間合い」をつねに計りながら進むことがなにより「安全」には必要だ。

  ○気象・・・特殊な気象、変化の激しさ、天候の変わりやすさ、逃げ場のなさ
   ・寒さや暑さ、および気温の高低差・・・低体温症、熱中症、体温調節異常
   ・降雨、流水(鉄砲水)・・・病気、低体温症、溺水
   ・雪、雪崩・・・ラッセル(疲労・時間)、低体温症、雪崩遭難
   ・雷雨(雷)・・・電撃ショック(死)
   ・強風・吹雪・・・行動の障害、生活の障害、低体温症(体感温度の低下)
   ・濃霧・ガス・・・道迷い遭難
  ○地形や状況・・・特殊な山岳環境
   ・人里からの距離(長い距離、時間)・・・治療の遅れ、搬出の困難
   ・乾燥や高温・・・脱水症、熱中症
   ・水の不足、直接の日射・・・脱水症、熱中症
   ・低圧(低酸素状態)・・・高山病(重要なのは高所性肺水腫)
   ・害虫や害獣の影響・・・咬傷・感染症
 b.主体的な問題
  ○山に対する相対的な力不足
    -----そのときどきの山のレベルによって異なってくる。
   ・食料や水の不足、枯渇・・・飢餓、脱水
   ・荷の重さ(とくにテント泊のとき)・・・疲労
   ・宿営地の問題(長い距離、長い時間)・・・体力の消耗(疲労)
   ・時間切れ・・・遭難
       ※歩速の低下(疲労や体力の消耗、脱水など)、時間配分のまずさ、計画の不適切、到達
         地点の設定の誤り

   ・疲労や体力の限界・・・転倒・転落、時間切れ遭難
   ・判断の誤りや甘さ・・・遭難
   ・経験や技術の不足・・・失敗や遭難
   ・装備の不足・・・遭難
   ・老化・・・総合力の低下
  ○人為的な原因
   ・単純な不注意や軽率な行為、よそ見
   ・荷物が重すぎた場合(無駄な荷物も)
   ・隊列の乱れ・・・順序の乱れや隊列の分裂、置き去り ⇒遭難
   ・他の人のよろけや転落(歩行による落石の誘起など)によるもらい事故
   ・生活(とくに宿泊)リズムの破綻(飲みすぎなど)
   ・リーダーや隊員の判断のミスや、他者への依存
   ・装備の不足や不備(例えば地図や雨具)
   ・体調の不良、体調管理の不徹底
   ・行き違いでの体や荷の接触・・・危険地帯での事故
   ・写真撮影・・・同行のリズム、視点が狂う
   ・テントでのコンロの誤使用・・・火災・火傷
 c.遭難の様態と原因
  ○様態・・・3つの遭難
   ・道迷い(ルートの喪失)
   ・けがや病気(山が原因での発病・発症)
   ・時間切れ(道迷いを含む)
     ※民間の山岳保険では、山の固有の原因によって48時間を超えて行方が不明となった場合を「遭難」と
       規定する。

  ○原因
   ・ルートファインディング(進路検索)の失敗
   ・転落・滑落(事故の招来)
   ・強風や吹雪などの悪天候での進行の障害や足止め
   ・過大な計画(身の丈に合っていない)
   ・困難な登山や季節、ルート(バリエーション登山)
   ・雪崩や山面の崩壊、落石などによる重大事故
   ・パーティーの分裂や、置き去り
  

図3 分岐点を通過する際の注意点
何方向かに枝分かれする地点(分岐点)に来たときは、その地点を同定(「どこ」ということを地図上で確認する作業)を行う。進行しようとしている方向に対して正しい道を選ぶことが絶対。場合によると、分岐点が近道を示す行路につながっていたりすることがあり、しばしば変更されることがあるので、それらを含めて正しく全体を把握する(先々でもし道迷いをおこしたりしたときに、山の構造がより細かく理解できる)。
あわせて、行路上の区切り区切りでメンバーの状態なども把握し、水分や行動食の摂取なども促す。その際は、「何分」休むかを伝えて、隊員にそうした行動の時間があることを知らせる。休止を適度に入れることが、はやった気を落ち着ける。急いでいる場合であっても、できるだけその時間はとる。
 

 2.登山における安全確保の基本
  a.客観的な危険の察知と心得
   ・登山道~行路とその周辺
   ・山面~斜面とその変化
   ・天候の変化
   ・早出、早発ちの励行
   ・大局的な地形の把握
   ・パーティー内での助け合い
   ・歩行時のリズムの維持
   ・山行計画の共有化
   ・早めの対応
   ・連絡手段の確保
  b.具体的な安全確保の道
   ・注意深い観察・・・危険域と安全域の境目
   ・体力の涵養・・・体力のない人には山は登れない
   ・荷物の軽量化 ←→ 装備の不足をなくす・・・重すぎず、軽すぎず
     ※個人の装備の厳重なチェック。
   ・無理をしないこと・・・その日、そのときの状態に対する彼我の関係の評価
   ・「自己(たち)」の現状の絶えざる把握・・・
   ・互いの声かけ、励まし
   ・パーティーの分断などはおこさない
   ・体調不良者、落伍者への配慮
   ・危険地帯は短時間で抜け出る
     ※例えば、深雪のある時期に沢筋で休憩したりしない。  


      図4 安全な登山道
       
本当に気を抜いていいのは、上の写真のように周囲にまったく危険が存在しないときである。


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