机上技術講座

雪山の登高・生活技術 



2015/2/3 我孫子山の会



A.雪山総論                              

1 雪山の条件
1)雪山の期間:11月半ば~翌年6月半ば(標高、山域、緯度によって異なる)
①初冬期(11月半ば~12月初め)、②厳冬期(12月半ば~2月末)、③春期(3月初め~4月半ば)、④残雪期(4月末~6月半ば)
2)気象の厳しさ:低温(寒さ)、強風、急変しやすい天候、短い日照時間など
3)生活環境の制限:交通の遮断(入・出山の困難さ)、山小屋の閉鎖(テントでしか冬山は登れない)、入山者の制限、生活水・生活物資の欠如
4)行路上の危険:行路(人跡・夏道)の消失、雪道、雪崩、滑落の危険
⇒雪山ルート(トレール)の付設・ラッセル、歩きづらさ、滑りやすさ、ルートファインディングの困難
5)非常の場合の捜索・救出の困難さ:交通路の遮断、人里からの隔絶、雪による遮蔽性・危険性

2 雪山山行の主体側の条
 雪山山行を行うに必要な登山者側の条件は、①身体的能力(防衛体力・行動体力)、②登攀能力、③雪山歩行技術、④雪上生活技術の4つ。
1)身体的能力
①防衛体力:寒さに対する抵抗力
②行動(攻撃)体力:歩行の力(速さ、持続力)、荷物を背負う力(男性 25kg前後、女性 20kg前後)
2)登攀能力
①確保なしでの登攀力:ピッケル、アイゼンを使用しての歩行・登攀
②確保による登攀:ザイルを使用しての登高・下降、トラバース道の通過など
③危険の見きわめと安全確保技術の習得、技術の的確な適用、ならびに危険回避、危険箇所からの脱出技術など
3)雪山歩行技術
①ルートの確保:ルートファインディング(ルートどり)、ラッセルなど
②雪上歩行:つぼ足歩行、わかん・スノーシューズを使っての歩行、下降路の歩行、ピッケルとアイゼンの使用
③荷揚げ:必要な場合は、無雪期に行うことがある。
4)雪上生活技術
①生活空間の造成・維持:テント設営・維持、雪洞掘削
②生活の維持:水作り、食事・生活用具の使用、睡眠条件の確保
③テントの運搬と移動:幕営地の設定(停止)と行動の持続の判断、雪洞掘削
  

B.雪山各論                               

3 雪山山行の装備類

1)雪山の歩行時に用いる装備
①冬山用靴、スパッツ、わかん・スノーシューズ、ストック(ピッケル)
②ルートの確保に必要な装備:(地図・磁石などの一般的な用具はもちろん)赤布、標識棒
2)雪山の登攀に必要な装備
①ピッケル・アイスバイル(本会の山行では前者で足りる)
②アイゼン:軽(4本爪、6本爪、8本爪)、10本爪、12本爪。登攀の場合は前爪付き(10~12本;軽アイゼンは不可)
③ハーネスなど個人の装備をはじめ、ザイル、ピトン類(ロックハーケン、スクリューハーケン)、ハンマー(氷雪用)、スノーバー、登高器(ユマール)など
3)雪山での生活に必要な装
①テント類:冬用テントとその補助具(細引き、ペグ)、マット
②寝具:羽毛製品、個人用空気(エアー)マット
③雪用スコップ(スノースコップ)、雪用鋸(スノーソー)
④コンロ(ガス・ガソリン)、コッヘルなどの調理用器具、らんたんなどと燃料、暖房器具
⑤保温器:魔法びん(凍結防止用だが、行動用にも魔法びんは必須)
⑥その他:まな板、像足、たわしなどの付属用具
注)雪山では防寒着類、高所帽(目出棒も)、手袋、サングラス(またはゴーグル)など、夏山では使わない装備類が必要ですが、これらは「歩行」「登攀」とは切り離して、今回ここでは扱いません。1つだけ加えておくとすれば、手袋は紛失や濡れに対処するために「替え」がぜったいに必要です。
                                                 
4 雪山山行の技術
1)歩行、登高・下降技術――方法と用具の使い方
a)通常の歩行
①アイゼンなしでの歩行
・アイゼンなしでの登下降では足場(ステップ)の確保が基本。
・登高時:フラットフッティング(雪面に対して靴底面を平行に置く歩行法)か、キックステップ(靴の前部を雪面に蹴り込んで足場を作って登る歩行法)かは、雪面の傾斜と雪質(硬さ)による。
・下降時:緩傾斜地で雪質が軟らかいときは、踵から垂直に踏み下ろしながらリズミカルに下降する。急傾斜の下降は、ピッケルを腰の後方に立てて支点としながら確実に一歩ずつを刻む。ときには後ろ向きで(ピッケルもなければお手上げ)。ピッケルの使い方が《いのち》。ストックでは制動力は弱い。硬雪面で傾斜が弱いときは、片足の靴の両側のどちらかのエッジを使う。
②ラッセル:雪が浅い場合は踏みつけ、深い場合は体全体で崩しながら雪を固める。ラッセラー(ラッセルを行う人)は短時間で機敏に交代すること(1人が長く続けてはいけない)。ルートファインディングも兼ねるので、先頭の役割はきわめて重要。
③ルートファインディング(ルートどり):パーティーの死命を分ける。行路の不明確な地点では、行路探索眼の最もすぐれた人が先頭に立つ。樹林内では赤布、雪原では標識棒+赤布を使用。人跡の気配を感じる感性が必要。トレール(先行者の足跡)があれば、雪質が硬く、沈まない。
④雪崩危険地・崩壊危険地の通過:危険地帯の見きわめが第一。雪崩の可能性のある地帯(沢・谷や裸地など)では、ザックのバックル、ピッケル・ストックのバンドなどはすべてはずし、1人ずつ通過する。適宜、ザイルを使用。
⑤トラバースの通過:先行者がステップを切る。雪面の傾斜や雪質によっては、ザイルで確保を図る。傾斜が強いところは、行路はジグザグを刻む。
b)ピッケル(アックス)、補助具(バンド;肩・腕首、ガード;3点)
①ピッケルの長さ:用途(登高角度、登り方)による。
②基本的な持ち方:中指と薬指の間で持つ(そのため薬指が凍傷を負いやすい)。ピックを後方とし、滑落停止を見据えた持ち方とする。急傾斜地の下降では、ピッケルを横に構え、滑落に対し即座の停止姿勢がとれるように備える。
③ピッケルの用途・目的
・歩行・トラバース時のバランス保持・支えとして
・登高・下降時の自己確保用として
・自己確保時の確保点(アンカー)、休憩時のザックの落下防止用などに
・固定ザイルの確保点として
・ピッケル確保(スタンディングアックスビレイ;立位ピッケル確保)時に
・滑落時の自己停止用に
・カッティング:氷雪面の足場(ステップ)作りに
・雪面を掘るときや、硬い雪を砕くとき
・テントの固定支点に
・ペグなどの掘り起こしに
c)アイゼン
①アイゼン装着のタイミングの判断(上り・下り)
②アイゼン歩行法
・アイゼンのゆるみは、たえずチェックする。急傾斜で登高・下降に移る前には、必ずアイゼン装着が確実であることを確認する。
・歩行法の基本:フラットフッティング(すべての爪を雪面に付ける歩行法)が確実にできるように、訓練が必要。雪質が硬くなるほど、フラットフッティングが確実にできることが重要となる。
・横向き登高:傾斜が急になったとき、両足を平行に斜面に対して横に置く。
・前爪(フロントポイント)登高:前爪を雪面に立てながら行う登高
・コンビネーション歩行:ピッケルの支持を得ながら、アイゼンのさまざまな角度での摩擦を利用する方法。
・トラバース歩行:谷側は足先を谷側に向け、山側の足はまっすぐ前方に向けて踏み出す。山側に体勢を傾けてはいけない。傾斜がきついときは、ピッケルは山側に立てる。
③転倒・滑落の防止
・自分の爪に引っかけての転倒(自己転倒)が最も多い。がに股を意識した歩行を厳守し、一歩一歩を確実を期して進める(粗雑な足の置き方がいちばんいけない)。
 ・雪だんごによる転倒(爪の制動力がきかない状態):ピッケルで払い落とす。
・基本歩行技術:山側に傾きすぎておこす滑落を避ける(フラットフッティング歩行ができない場合におきる)。
・危険箇所の通過:転倒・滑落がもたらす危険の程度を正しく推測し、事故防止を優先させる(ザイルの適用を早期に考慮する⇒下記)。ただし、過度の用心は進行を遅らせる。
2)確保技術
 a)ザイルの操作技術と、b)雪上での確保点の構築が重要。
a)ザイルの操作法
①ザイルの要否の判断:ザイル必要箇所の的確、早めな把握-----ザイルを出すのは、隊員の力量と状況のもつ危険性(「ここで滑ったら、どうなるか」!?)から判断する(リーダーまたは先導者の重要な判断のポイント)。
②ザイル確保法の適用:連続登攀(コンティニュアスクライミング)と隔時登攀(スタカットクライミング)のどちらを適用するかの判断
③連続登攀の場合:全員が同一の連続的な行動をとるときなど(比較的ゆるやかな斜面や氷河の通過時などに)。隊の構成員の順序、行路の選定などから判断する。このときの適用技術は「タイトロープ確保方式」。危険箇所では、すぐさま隔時登攀に切り替える。隊員の順序は「強弱弱強強」ではなく、「強弱強弱強」が正しい。
④隔時登攀の場合:(1)つるべ式と(2)尺とり虫式、および(3)固定ロープ式がある。全員がロープでつながっている状態。ロープのどこか最低1点は固定されているので、隊列全体が落下から免れられる。3人以上では、ロープを固定(フィックス)することが多い。ルート工作者(先導者;リーダー)、中間者(ミッテル)、および最後尾者(ラスト)の役割分担を明確にする(山行前に十分に確認しておくこと)。用具類の使用法は事前に熟達しておくこと。固定ザイル通過時は、中間者にはユマール、プルージック、ヒゲ(カラビナをかけるだけ)などを適用する。
b)雪上での確保法
①確保点の意味:ザイルに結ばれた一組の隊列全体の安全がかかる点のこと。アンカー、ビレー点、プロテクションなどとも呼ぶ。
②確保点の種類:自然確保点(立ち木、枝、岩角など)と、人工確保点(岩・氷ハーケン、スノーバー、スノーボラード、デッドマン、ピッケル、人など)
③確保点のとり方:雪面・斜面の状態・傾斜から、アンカーの強度を判断する。傾斜が強ければ、アンカーの強度は大きくなければならない。
c)雪崩に対する注意
①雪崩の発生箇所:沢筋、裸地(木がはえていない地帯)などの下は、できるだけ通過しない。⇒上記の「危険地帯通過時の注意」を参照。
②弱層試験:雪の層間が「ざらめ」化した部分で、ここから表層雪崩がおきる。
③雪崩の種類:(1)表層雪崩と底雪崩、(2)点発生雪崩、面発生雪崩に分類。
④救出具:ビーコン、ゾンデ(探索棒)、スコップ
d)凍傷、低体温症の予防
3)雪上生活技術
a)幕営技術
①テント場の選択:
・風をよけられるところ
・雪崩や崩壊のおそれのないところ
・明るいところ(暗いと弱気になりやすい)
・平坦なところ、快適なところ(居住性がよいところ)
・ある程度見晴らしのきくところ(電波が飛ぶところ)など
②テントの設営と維持:
・幕営地(テント場)が決まったら、アイゼンをはずす。
・雪ならしは全員で、「ワッセ、ワッセ」と共同で肩を組んで行う(靴底で踏み込み固める)。スコップが活躍。
・全員で協力して機敏に行うこと(短時間で建てる)。
・風の強いときは、樹林の中の地点や、尾根から少し(若干)それた地点とするか、周囲(とくに風上;厳冬期は北西側)に雪ブロックを積む(またはテント場分のくぼ地を掘る)。
・テントが建ったあとは、風が強ければだれかがテント内に入る。
・十字ペグ(ペグか竹べらを×状にする;デッドマンクロス)を埋め、または近くの立ち木にテントのプロテクションをとる。ペグは深すぎないこと。
・テント設営時・撤収時は、必ずテントのファスナーを閉める(雪が入るのを防ぐ)。
・外張りの周囲(フレアー部)には雪をかける(テント下に風が入り込むのを防ぐ)。
・テントの入り口は、深さ30×縦40×横50cmほど掘る(テントへの出入りのとき雪が入るのを防ぎ、ここで靴の雪を落とす。出入りもしやすい)。
③幕営時の注意
・吹雪に見舞われたときは、ある時間刻みで除雪が必要。
・風・降雪が著しかったときは、雪洞に移行する。
・雪を内部に入れない(すべて水になり、重さに加わる)。
・ピッケル・アイゼンなどは内部に入れない(夜間の降雪で埋もれてしまうことがあるので、場所の把握は確実に;ピッケルと一緒にするなど)。
b)生活技術
①生活水(調理水)の作り方
・明るいうちに、水用の雪を大型のナイロン袋に集める(持った重さのキログラム数がリットル数)。近くのより高い山が砂礫地帯だったときは、砂の混ざりに注意(場所によっては濾し布・紙が必要)。
・雪は硬すぎず、軟らかすぎないのがよい。
・集めた雪は、外張りの中で中から取りやすいところに置く。
・コッヘルの外にできる水滴は、中の水が融解熱で氷点下(または点と内部温度より相当程度低い温度)まで冷えるから。これがさらに熱を奪うから、水滴は拭くと効果的。
・コッヘルに入れた雪の中に水を入れるよりは、容器のふたをするほうが有効。
②その他
・小物類の袋は、早いうちに(酔ったりしない間に)収納箇所を覚えておく(天井のひもに結び付けるのもよい)。
・テントの中では(とくに冬山では)カメラは出さないこと(急激な温度変化・湿度変化のため結露する)。
・シュラフカバーは2泊以上の雪山山行のとき。


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