2月の山行

加波山
(709m)



  加波山山頂/足尾山山頂
(マウスを写真にのせると入れ替わります。)


【実施日】2012年2月11日(土)

【参加者】5人(男性4人、女性1人)

【行 程】我孫子7:03―(常磐線)―荒川沖7:29/自動車7:40―三合目8:35/8:50―加波山神社(拝殿・社務所)10:10―加波山神社本殿(山頂)10:30―丸山 公園11:22―一本杉峠11:40―足尾神社(山頂)12:25/13:15―トライアル場14:30―車坪14:40―峰坪15:05―加波山神社(真壁拝殿・社務所)15:3 5―三合目16:00/16:05―(自動車)―荒川沖17:15/17:34―(常磐線)―我孫子18:00

【費 用】JR:960円(往復)、自動車代分担金:1人あたり1500円
 合計:2,460円

【概 要】
 立春を過ぎたと言え寒さが続く早春の日、M夫妻、K氏、Ma氏と荒川沖駅で集合、M氏が運転する車で加波山登山口を目指す。途中、なだらかに続く筑波山の西側尾根をしばらく右手に見る。
 真壁町に入り、車で行けるところまで進もうと、一合目、二合目を通過し、三合目で左に折れ車を止める。この三合目の入口にはどことなく妖しげな仏像?がガラスのケースの中に安置されていたが、時間を削がれるので準備を整え、舗装された山道を登り始める。

 朝日を浴びる左側の斜面に立つ木々は葉を落とし、稜線の上に青空が広がる。採石場を過ぎて後ろを振り返ると、真壁の家並は既に豆粒のようだ。祠が2つあるところから舗装路をはずれ、いよいよ山道に入る。木漏れ日の中、ゆるい傾斜を登り続けると、道標は既に七合目だ。途中、ザックを背負い後から来た男性に道を譲ったが、ここまで他の山行者はいない。あれこれ冗談を交わしながら山歩きを楽しむ。登り始めてから1時間、林道に出たところに腰掛があり休憩をとる。再び歩き始めとほどなくして鳥居があり、石段を登って加波山神社(拝殿・社務所)に至る。山行の無事を祈願してから、神社の脇の石段を登り山頂を目指す。登るに連れて傾斜がきつくなり、岩場が現れる。と、その時、ゴーという低い音がして足元がわずかに揺れる。すわまた大地震かと携帯で地震情報を確かめようとしたが、インターネットに接続できず諦めた。大したことでないことを祈るばかりだ。

 岩場を上りきると小さな社があり、柱にたばこ神社の額が掛かっている。K氏が持参した資料には大きなキセルの写真が写っており、閉じた社の扉をおそるおそる開けて中を覗いて見たが、中にキセルはなかった。加波山には多くの社があり、大キセルは別の場所にあるのだろう。

 たばこ神社を過ぎて更に登ると新たに小さな社があり、これより高い箇所がないことから、ここが山頂の本殿だろうと三角点の標石を探したが見つからない。社の石段に腰を下ろし登頂の記念写真を撮ろうとしたとき、メンバーが石段の下にあった標石を見つけた。加波山の標高はこの標石までのものであり、社が建つ山頂は標石より1.5mほど高いことになる。

 加波山山頂を過ぎて足尾山を目指して歩き始める。道の右側に大きな石碑が無残に倒れている。加波山神社(拝殿・社務所)のところにも倒れた石碑があったが、昨年の大震災の仕業に違いない。

 足尾山を目指し、南面の緩い坂を下る。途中に大きな石柱がそびえており、旗立石と彫られてあった。資料がないので何も分からないが、その昔、ここに旗を掲げれば、麓から望めたのだろうか。

 日当たりの良い緩斜面を下るうち、今度は山道に1.5mほどの石碑があり、殉職之碑と彫られいた。碑には昭和37年9月20日、2名の航空自衛官が殉職したことが記してあった。(後で調べたところ、昭和37年9月3日、災害派遣された鹿屋基地所属の対潜哨戒機が低空飛行中に奄美市名瀬の蘭館山に衝突、乗員12名と地元住民1名の13名が死亡したという記事が見つかったが、同月20日の事故の記事を見つけることはできなかった。)

 葉を落とした木々を通して筑波山が見え、遠くには早春の日を浴びで霞ヶ浦が輝く。道を下りきり、広場を通過すると大きな風車が2基ゴーゴーと音を出し、眼前にそびえていた。通り抜けた広場の角には大きなシャモジを門で囲んだような不思議な形のモニュメントがあり、碑には「自由の楷」と刻まれていた。

 舗装された風力発電機の前の道を過ぎて舗装路を下り一本杉峠のカーブを通過する。一本杉峠と彫られた石板がはめ込まれた石垣の上には杉が二本あり、まだ生育していない杉も数本あった。
 舗装された峠の林道をそのまま進まず、左にはずれて山道を選ぶ。道はふたたび上り勾配となり、笹をかき分けながら足尾山を登っていることが意識される。視界が次第にひらけ、麓の人家が見えるようになる。行く手の右手、ほぼ水平に、気持ち良さそうにハングライダーが翼を翻し、遠くには群馬、埼玉の山並みが見える。二つ目の目的地の足尾山山頂に到着したのは昼過ぎだった。頂上の社(足尾神社)の脇にはサンダル、下駄などが乱雑に置かれ、ばちあたりと思ったが、メンバーから足の疾病の快癒を祈って置かれているのではと教えられ納得した。穏やかな早春の青空の下、山頂で50分ほどかけて昼食をゆっくり摂る。

 下山は、一路、車を止めた三合目を目指す。先を行くM氏から、耳のように枯れ木から突き出しているサルノコシカケを教えられる。間もなくロープが張られたかなりきつい勾配に差し掛かる。自分の前を歩くMa氏が足を取られ一瞬ヒヤッとする。危険な個所とまでは言えないが、転倒はしたくない。ロープをつかんで慎重に歩を進める。

 木々に囲まれ足元に笹が茂る勾配を下る中、道をはずすというより、目論んだ道を見つけられなかった。足尾山から下るとき、M氏より一本杉峠から下ってくる舗装路に出れば、駐車した三合目までかなり行程を短縮できると提案があり、一度右に折れてから左にコースをとったつもりが、右に折れる道に進んでいなかったのだ。低山の下山の途中、かつ、M氏からショートカットの提案があるまで、車を止めた三合目に出るには一度ふもとまで下るしかないと思っていたことから、真剣さに欠けていたのかもしれない。

 足尾山をだらだら下り、たどり着いたのはオートバイの練習場(トライアル)であった。急斜面や、大岩がある難所をできるだけ足を着かずに走行することを競うトライアルを目の前で見るのは初めてであった。練習場をトラバースし、水のない河原に到着した。

 小休止してから、かなり離れてしまった三合目を目指し、石材加工業者が点在する山麓を歩く。農道をとぼとぼ歩くこと1時間、途中、きらびやかな加波山神社の前を過ぎる。車で通らなかった道だ。加波山神社の名を冠する神社は一体いくつあるのだろう。今まで見た加波山神社の内、最後となるこの神社は最も壮麗で一見に値する。

 車を止めた三合目に到着したのは16時であった。ショートカットを見つけていれば1時間半は短縮できただろう。しかし、立春を過ぎて日まだ高く、急ぐ必要はない。登山開始時、足早に通り過ぎた三合目入口にある像をじっくりと観察する。鉄門の中の左右にそれぞれガラスケースに入れられた像が並び、左側は「岩切大権現」、右側は「天中坊大天狗」と書いてある。ガラスはきれいに透明を保っており、像の名前からして、きっと石材業の守護神なのだろう。厳粛というよりも、何か異教的雰囲気が漂う。気に掛っていたものを十分観察し、ふたたびM氏の運転で荒川沖駅を目指した。

 天候、仲間に恵まれ、心地よい疲労感の中、満ち足りた一日であった。(F生)

                    
 
 三合目で下車し山行開始
小さくなる山麓を見て笑みがこぼれる。
 真壁の家並み
いよいよ登山路へ入る。
 ほっと一息。
山行の安全を祈願(拝殿・社務所) 
 山頂前の岩場
誰よりもたばこを愛す。 
 加波山山頂にて 
加波山から足尾山へ 
 旗立岩 
晴天の下、話が弾む。 
  筑波山がのぞく
春の日を浴びて遠くに霞ヶ浦が輝く。 
 公園を通過
しゃもじのようなモニュメント 
 風力発電機を間近に見る。
電力事情の将来に思いをはせる「楽」識経験者
 名前は一本杉峠だが杉が多杉(過)る
足尾山を目指して上り返す。 
 笹を掻き分け登る。 
優雅に翼を翻すハングライダー 
 足尾山山頂にて 
三合目を目指して下山  
 サルノコシカケ
オートバイの練習場に出た。 
 山中に集うライダー 
水のない河原に出る。 
 山ろくの集落を通過 
趣のある塀と石垣 
 巨大な石の切断機
三合目を目指してウォーキング 
 風力発電機が遠くに見える。 
壮麗な加波山神社(真壁拝殿) 
 車を止めた三合目に到着
不思議な雰囲気が漂う像が並ぶ。 
 ガラスに入れられた観音像の上には風見鶏が

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