実践技術講習〈予編〉   


4.テント生活(テント泊)とは何か



                                                                                                     2014/12/10 我孫子山の会


 テント(泊)山行と小屋泊まり山行のはざま

 登山といっても、山小屋に宿泊する場合は、小屋という生存環境と、小屋に備え付けられたいろいろな設備の恵みを受けることができます。温かい屋内、暖房器具や照明器具、寝具、椅子や机(テーブル)などです。水は確実にあるし、食事だって頼めば出してくれます。強風や吹雪に対して、小屋だと安心です。一方、テント(泊)山行では、生活環境そのものから構築しなければなりません。テントはもちろん、テントの中で生活し、食事を作ったり、睡眠したりするのに必要な装備類などをすべて持ち上げなければなりません。さらに雪の上にテントを張る場合には、テントサイトの造成が必要です。
 それにもかかわらず、テントを背負って山好きたちは山に向かいます。なぜなのでしょうか。テント(泊)の大きなメリットがあるからですが、それだけではないようです。テントを持つか持たないかは、単にメリット面からばかりでなく、山の登り方の違いや、山の楽しみ方、ひいてはそのもとに山岳会の基本の考え方や方針などがそこに集約して表現される、「象徴」としての意味があるようにも思います。
 本会では、宿泊山行は、会発起の初期から一貫して「テント(泊)山行」を掲げて実施してきました。当時、会員はまだ若くて子育ての最中でもあり、家計的にあまりゆとりもなかったせいもあって、経費のかからないテント泊が志向されたという面もあります。長い間続けていると、テント泊が宿泊山行の当たり前のスタイルとして定着しました。その後、私たちの平均年齢も上がり、小屋泊まり山行がいくつか選択される現象が出てきた一時期がありましたが、再度、テント泊主体に戻っています。今も、私たちはなんの疑問も持つことなく、宿泊山行といえばテント泊です。
 とはいえ現在は、二者択一という偏った選択はせず、どちらも見直して、会員のニーズや山行参加者の体調や希望に合わせてテント泊か小屋泊かをある程度柔軟に選ぶようにしています。

 ついでながら、この11月下旬に行った山行(奥秩父北部;金峰山~甲武信ケ岳)で、入山者に若者が増えていることを実感しました。若者の多くが意外にもテントを背負っていました。彼ら彼女らはすでに山を知った者の漂わせる雰囲気を持ち、またアウトドア派が身についたたたずまいでした。いいことだと思います。
 若者たちのザックが小さかったのは、その人たちの「知恵」と「工夫」で割り出した結果だと思います。何がどれだけ装備としているかは、経験によって納得しながら決めていくことで、その過程で得る、その人、その集団なりの判断があります。荷が小さいということは、よく経験も積み、考えられていることを示します。
 一方、私たちの荷物はどうだったでしょうか。長いメンバーはもう30年の経験ですが、相変わらず他のパーティーよりもザックは大きかったではありませんか。余裕といえば聞こえはいいですが、体力的な条件よりもテントで楽しむための贅沢ともいえるほどの装備や飲み物をザックに入れていたのでした。テントも6~7人用のスタードーム(石井スポーツ)でした。
 若者たちは単独での人も多いようですが、パーティーを組んでいたとしても、多くは2人連れか、せいぜい4人程度の小さい単位でした。また荷を分散させるためなのか、たとえ5~6人のような集団登山の場合も、2~3人用のテントを利用する傾向があるように見受けました。小さなテントだと当然、宴会による賑わいの声は聞こえず、とても静かでした。テント生活もそうであれば、登山道ですれ違う際のマナーもよく、表情も明るくて、好感が持てました。テントでは若者たちは、小屋は眼中にないといった風情で、テント泊を自分たちの定式のスタイルであるかのように受け止め、楽しんでいました。
 いま若者たちに、テントを背負って山登りを楽しむという1つのトレンドができてきているのではないかと感じました。そのような流れの中から、本格的な登山に入っていく人たちが出現することを期待しましょう。


                          

 本会がテント泊を基本スタイルとして山行を行っているのを知ってか、テント泊がしたいと本会の門をたたいてくれたメンバーもいます。一方、昔元気であった他の山岳会の岳友からも、その会ではテント泊山行はとんとしなくなったと寂しい声を聞く機会が多くなっています。
 「テント」は持てるからこそのものですが、テントは他の装備と同列以上に、現在の自分たちの体力や気力のレベルを示すバロメーターとなるのかもしれません。年齢とともに間違いなく人の体力は低下しますが、「山は背負える限りはテントを背負って登る」というのが、理想的な1つのあり方ではないかと考えられます。

 以下で、いろいろな面から「テント(泊)山行」というものについて述べてみたいと思います。

 テントでしか味わえない山の味わいがある。▼北岳御池のテント場で 


 なぜ「テント(泊)」山行なのか

 「テント泊」山行を選択することには、ひと口には言えない、さまざまな理由があります。

1.テント(泊)の味わい、楽しさ、自然との同居
 私たちは、なぜ重い装備を携帯するようなテント(泊)山行の形式をあえて選んでいるのでしょうか。テントの重さはしかたなく随伴する要素なのであって、重さそれ自体を追求するつもりからなどではないという点は、述べるまでもありません。それを前提に述べると、理由はいくつかあります。
 第一は、テント生活が楽しいという点でしょう。テント生活でしか得られない山の味わいがそこにあるからです。地面や雪面にほとんどじかに接して、山の懐に抱かれて生活し、風や気温にさらされながら就寝することの味わいは、経験した人なら第一に出す理由でしょう。仲間とのそのような山中でのテント生活は、ひとしおのものがあります。また、森が切り開かれてポッカリとあいた空を見上げながら、夜には星の降るような空を真上にして、台地に横たわる経験のすばらしさは、実際にやった人にしかわからないかもしれません。
 例えば、千枚小屋のテント場や北岳御池小屋のテント、種池山荘のテント場が思い起こされます。そこは、深い山の上の斜面や尾根が切り開かれ、人の住む平坦地に造成された地帯です。そこから、千枚小屋では南方に開けた方角には富士山とその間に畳重とした山並みが望めます。小屋から少し離れたテント場の周辺に転がった太い丸太を並べて腰をかけ、缶ビールを開けて「かんぱーい!」の声を交わし、喉を潤わせます。同行した仲間たちとの最高の楽しい時間です。喜びを仲間たちで分かち合うときの感動があります。
 少しずつ日が西に移動し、真夏のそこにも冷気が降りてきます。そのそばにテントがあります。テントという利器があるから、深い山の中にどっぷりとつかって、望むに任せてひとときの山の気配を、その日の疲れを忘れて実感することができるのです。山小屋では、すぐそばの自然といっても、壁を隔てた向こうにある、距離を置いた対象としてあり、自分たちと同居する自然という意識を持つことはないでしょう。自然に近いところで、自分の身体が同じルーツなんだと感じる自然に浸かりながら、原始の向こうからかすかな気配、時間の動きを感じることができるのは、テントならではです。
 北米を中心として一時期流行した「バックパッキング」(単にザックを背負って旅をする、というだけの意味)の底流にあった都市生活からの自由(ヒッピーの思想)、自然との融合(ナチュラリズム)などの理念とも通じます。深々と堆積した落ち葉や、ふんわりと柔らかい腐植土の上にテントを張り、またむき出しの大地に接して生きるというスタイルや意味にもかなっていないでしょうか。都会で生活していればなおさら、自然への憧憬が心のどこか芽生えるものです。
 ともかく、テントは人工の力、既設の恵みなどの助けを借りないで、できるだけ人間がありのままに自然環境に浸かって時間を過ごすというあり方を志向するスタイルなのです。

2.厳冬期の雪山登山の前提条件
 そのほか、テント山行をする力のある者にしか、厳冬期の高い山の山行はなしえず、「テント」が、日本アルプス級の高峰を対象として厳冬期に山行を行う場合の力量の試金石になるという点です。
 「冬季(冬期)小屋」といって、山小屋の一部が小屋の持ち主の厚意で開放されていて利用させてもらえる場合もありますが、高所の山小屋は冬季には閉鎖されてしまうところが少なくありません。また、厳冬期には夏場のように進行が必ずしもはかばかしくなく、予定地に着く前にどこかでテントを設営しなければならないことがときにあります。その場合に、テントは必須の装備アイテムです。つまり、テントを持たないでは、ちょっとした雪山には登れないということになります。
 そのほかに、無雪期と異なり有雪期には、登山のルートをまったく別にとらなければならないことがあります。例えば、冬の北岳には無雪期の広河原からのルートは使えません。夜叉神峠から先の車道が閉鎖されます。そのような場合に、人工の施設(小屋)を当てにすることはできません。中崎尾根から槍ケ岳を登る場合など、このような冬の特異的なルートはいくつもあります。そのような行路が候補となった場合には、テントでしか目ざすことができません。そのときになっていざテントを、と思っても、体は動いてくれません。

3.快適な空間の、格安な確保
 また山小屋は、見知らぬ部外者と同席・同床したり、またシーズンや山域によっては非常に込み合ったりすることが多く、必ずしも快適な山小屋生活というわけにいかない点があります。初秋の涸沢や苗場山など紅葉で名高い山には、ハイカーが押し寄せます。そこの山小屋の状態は、ひどいときは畳1枚に3人という窮屈な状態があると聞きます。本会の会員で、ある涸沢の山小屋経験者は、部屋(客室)から出て、階段の下のスペースにかろうじて居場所を得たと語りました。
 小屋は見知らぬ人と知り合い、交流の機会となり、あるときには継続的な関係のできるきっかけとなったりしますし、開放的な雰囲気の中で多くの山好きたちとの共同の時間が過ごせるという楽しみなど、メリットは少なくないでしょう。しかし、その一方で不愉快な経験をした人も少なくないはずです。いきなりの他人との雑居や接触には、人は通常、慣れていないからです。テントなら、仲間たちだけの閉鎖的な空間が確保でき、そのような不愉快な思いはしないですみます。まわりに気がねしながらの宴会は楽しくありませんからね。
 それに、金銭的に安くすむ点も見逃せません。

4.強力なビバークの手段
 さらにテントは厳しい時季であれば緊急野営(不時露営、フォースト・ビバーク)の力強い備えとなります。またテントを持てば、冬場だけでなく、テントの構築が困難な気象・山岳条件でなければ、なんらかの原因でビバークを強いられた際の生命の安全確保の手段となります。どんな季節でも、適当な場所さえ見いだせれば緊急の生活空間の構築が可能です。
 ※一時の緊急野営には、テント以外にツェルトや、シュラフカバー(+シュラフ)も有効です。

5.体力のバロメーターと個人の矜持
 もう二、三、理由をあげておきましょう。すでに述べたように、1つは、テントを背負えるかどうかということが登山を行うのに必要な一定の体力のバロメーターとなるという点、もう1つは、やはり山に登る者の矜持という点です。これは1つにまとめられます。テントを背負えなくなったら山はやめる、ということを言う人がたまにいます。そんなこと言わないで、登れる山に登ればいいではないか、レベルを下げて奥多摩や中央線沿いの、自分に登れる山に登ればいいではないか、とやさしく反論する人もいます。しかし、その人においては山小屋を利用したり、日帰りの登山だけで満足したりするということが自分に許せないのです。それが山に登る人のプライド、矜持というものです。
 その気持ちこそが、厳しい厳冬期の雪の世界に、重い装備類を背負っても山に向かわせる原動力になっているのだと思います。
 また、とくに縦走登山は持久性の運動であって、長時間の負荷・苦痛に耐えなければなりません。その行為自身がいってみればストイック(禁欲的)で、自虐的な側面を持っています。そのような山登りに、山小屋の利便性・安楽さを買うという選択は加えたくないというのが、山登りをする人の気概だとの無前提の了解が登山者にあるようにも思います。とはいえ、どの登山者も山の上まで切り開かれた林道、車道の恩恵を受けていますし、整備された登山道のありがたさにも浴しています。だから、「程度もの」なのだということで個人が選択すればいいことであり、一概な論理は主張するものではないでしょう。

6.登山活動そのものの一部
 世界の8千メートル峰全山の無酸素登頂を世界で最初に成し遂げたラインホルト・メスナーという有名なイタリア人登山家が、「死が確実なところには行かないが、死の危険のないところにも行かない」という趣旨の言葉を発しています。あるレベル以上の登山では死の危険性は確実にあり、その世界を目ざした多くの登山家が命を失っていますが、彼はこの冒険登山を選択する者の心の真相を見事に表現していると思います。彼にとっては、山登り自体がすべて自力で行う営みであり、テントだの小屋だのといった区分けをするレベルを超越していたのです。とはいうものの、冒険登山にはテントは必須のアイテムであり、テントしかないという状況です。
 山では、昼夜活動を持続させるのでない限り、どこかでテントを張り、ビバークもして、ひとときの「安全・生息空間」を確保なければなりません。テントはその空間を得るための単なる道具として位置づけられます。どこに泊まるか、どう楽しむかなどといった問題を出て、一連の登山活動の一部としてビバークやテント泊が組み込まれる、ととらえられます。このレベルの登山では、目的を達成し、かつ「生きて還る」ことが最も優先すべき課題です。すべての部分が命の危険性と隣り合わせとなった活動の一部であって、装備類も厳密にその観点で選択されることになると考えられます。

 上に述べたような厳しい高所でのビバークや、暴風雨・雪をひととき逃れるための避難的なビバークは別にすれば、テントやツェルトは普通の登山活動でも、一日の緊張を解き、身体を休め、眠りを得るためのシェルター機能を果たすための欠かせぬ道具であるとともに、素直に山を楽しむための慰安的な道具でもあります。食事や行路の確認もそこですることになるでしょう。同行した仲間どうしでの懇親を深め、相互が苦しかった登高を反芻しながら感動を増幅させるなど、広範な意味合いも持ちます。
 以上のようにテントの活用は、登攀や登高、移動、下降などの登山活動と変わらぬ、活動の一部としての要素であり、重要な手段だということがわかってきます。言い換えると、ほかの登山活動・行動と同等の登山技術だという認識が必要となってきます。

 誰もいない雪上での大型の8人用テント。▼雪深い上越のタカマタギに登った3月、手前の峰の真上で


 テント設営の場所とマナー

 テント生活の構築には、一定の方法や守るべきマナーがあります。無雪期であれば、「キャンプ指定地」に着くこと、その指定地の中でテントの広さに合ったサイト(場所)を探すこと、受付に行ってキャンプの申し込みをすることから始まります。また、テント場(キャンプ指定地)には複数の登山者・パーティーがテントを張り、そこで一夜を過ごします。テントの布は人の声や騒音をまったく遮断しないことをテント泊経験者ならご承知のことと思います。翌日の行動を早朝から起こすパーティーもいますから、遅くまで声高に話をしたりするという行為はマナーとして慎みましょう。
 「キャンプ指定地」という言葉は、市販の登山地図上にマークとともに文字で書かれています。それを、キャンプ適地であって水が得られるという、利用者側からの都合だけで目にとめている人が多くないでしょうか。キャンプ指定地に関しては、登山者に正確な認識が浸透しているとは思えず、みんながそうやっているからといった理由でなんとなく慣行に従っているようにさえ見受けます。その証拠に、では雪山ではどうなのか、どのような決まりになっているのかに関して、正確に回答できる登山者はさほど多くないと思われます。
 本来、登山者も含めて入山者は、その山域では「キャンプ指定地」でしか幕営をしてはいけないという、法的な、あるいは慣例上の規制・限定を表す表現なのです。

1.有雪期の幕営地
 有雪期では、法的な規定は明らかでありませんが、緊急避難的な理由によって不時露営(フォースト・ビバーク)が認められると考えられます。「緊急避難」とは、「急迫な危難を避けるためにやむをえずした行為」(新法律学辞典、有斐閣)で、刑法では本来は違法な行為なのに違法性が問われません。民法では「不法行為」(第709条)による賠償責任が生じるはずなのに、その責任を逃れられます。ただし、その行為による害悪の程度が、それをしなかったために負ったであろう損害を超えないことが条件とされます。例えば、あとわずかの時間でキャンプ指定地に着くのに安易に指定地以外での幕営を選び、それによって周辺の自然に害(湿生植物生息地の毀損など)を及ぼした場合などには、権利の濫用であって、その行為は認められないことになります。
 ただ、その山に登る計画を考えた際にその人は、山小屋と山頂の間に小屋が存在しないこと、あるいは小屋があっても閉鎖していること、開いている小屋~山頂の往復は1日では困難だということ、これらの認識がありながら、山を目ざす場合があります。この場合は、はじめからビバークは想定しているのであって、「不時」のものとはならないのではないか、という疑問が湧きます。上記で述べた緊急避難は都合のいい理由にしかならないようにも感じます。一方、有雪期の厳しい季節にその山を登ろうとすれば、ビバークが通常不可避であるなら、その時期のその山の登山をしようと思うなら、規則は破ることが避けられなくなります。もし法律を遵守する気持ちのほうを優先させるなら、論理的にそのような登山は実施できないという結論になります。
 法律でそこまで規制してしてよいかどうか、あまりうるさく言う議論を聞いたことがありません。この法律や制度の関与するギリギリの領域に関しては、登山者の良識、マナー意識に期待してなのか、法律的な解釈の問題もほとんど言われないようです。
 それはさておき、その時期にはその山域に多数の登山者が入ることは考えられず、仮に入山者がいたとしてもきわめて少数であるだろうこともあり、それによる山岳環境に対する影響は限りなくゼロに近いという点で、そういった厳しい山行を目ざす登山はあえて規制しないで緩やかに静観する、言い換えれば「おおめに見る」という斯界の温情的な姿勢があるのかもしれません。
 ここには、冒険行為に対する自己責任は前提にするにしろ、冒険行為の評価という社会的な一種の風潮も支えとなっているような気がします。冒険行為は通常の人がなしえない領域、危険をはらむ世界に選択的に突き進む活動や行為です。15世紀には北欧人たちがアメリカ大陸を発見するきっかけとなり、地球が円いことを目で確かめて実証する動機を基礎づけました。後世の人々にも広く人々に勇気を与え続けてきました。社会的にも賞賛すべき行為群の1つとして位置づけられ、人類史でも賞賛されるべき行為として記録されています(ウィンパー~エルゾーグ~ヒラリー、植村直己、アムンゼン、スコット、etc.)。
 八ケ岳など冬にも多数の登山者が訪れる山域では、年間を通じて山小屋が複数箇所、営業しています。無雪期と変わらない人工的な条件となっているので、むやみなビバークは許されないというべきでしょう。また、多くの登山者が規則を守って登山を行っている一方で、勝手な場所での露営(キャンプ、幕営)は同じ登山者として愉快なものではありません。美濃戸山荘から上の、赤岳鉱泉や行者小屋に数百メートルと近い平坦地に幕営者をしばしば見かけますが、好ましい行為とは思えません。私たちも心して臨みたいものです。

2.無雪期の幕営地
 無雪期は基本的に、「キャンプ指定地」でないとテントの設営はできない決まりとなっています。登山の対象となるほとんどの山は国立公園、国定公園、県立公園のいずれかのエリア内にあるか、そこに一部が含まれていたり、接していたりします。これらの山域・範囲内の土地を規定する法律である「自然公園法」または自治体の定める条例で、許認可された施設以外の工作物(建造物)は建ててはいけないことになっています。明らかな規定はなく、また一律の法的な解釈もないようで、あいまいな解釈ながら、テントは「工作物」に当たると推測されます。
 工作物の定義は明らかでありませんが、テントがその範疇に入るものとの了解、前提で「キャンプ指定地」が従来からあり、その規定が今日まで広く実施されてきたことは確かです。その趣旨に関して、自然公園法の施行規則では国立公園・国定公園はもちろん、その他の地域でも植生の保護などに必要な範囲に適用されるとしています。ただし、猟師や入会権者など関係者の工作物は除外しています。
 もしキャンプ指定地以外で幕営をしていた場合には、営林署の職員や山小屋の管理者はテントの撤去、その場からの立ち退きを要求することができます。それに従わないときは、営林署の職員には最終的には逮捕権が生じます。穏やかでないので、こういうことにはならないように、十分に注意しなければなりません。
 「キャンプ指定地」のそばには山小屋があって、山小屋の運営をする以外に、キャンプ指定地を管理しています。テントサイト(幕営地)の状態、水場、トイレなど、登山者が幕営生活で必要となる事項を含めて、不便や支障のないように、山小屋の経営者が配慮しています。その代償として、キャンプ料金を徴収しています。
 キャンプ指定地というのは、登山者にいたずらにどこででも幕営をさせない代わりに、幕営地を限定して利用させることによって、価値の高い自然環境を守るシステムと考えられます。そのためには、利用者の利便性にかなうように管理・修繕して使いやすいサイト(幕営地)として提供することのほか、トイレと取水場所が設備され、幕営のひと通りの必要条件を満たす必要があります。管理者は、その条件を確保することを果たす者に当たります。山小屋の運営・営業は同時に、このような意味で自然環境保護への協力、山小屋を利用しない登山者の利益にも寄与する役割を負っています。
 登山に関連する自然環境保護政策と国民の幸福追求権の保障を両立させる一挙両得の軸に、山小屋が位置していると理解されます(⇒法改正)。

                                                               
 テント設営・生活の技術
 
 
テントの利用は登山の行程のうちの一部であり、また登山技術だと述べました。この技術は、幕営装備の選択と使い方、テント場の選択、テントの建て方と維持のしかたなどに分けられます。テントの維持は、山では風雨にさらされるので、それからのテントの防護、生存空間の確保ということをさします。
 テントの設営・維持は季節によって大きく異なります。無雪期と有雪期です。上記で見たテント設営の場所の問題はもとより、装備や維持の方法ががらりと変わります。

 ▼テントの技術面については、本サイト(資料館)の別のページで述べます(現在、未アップ)。

 2014/12/11 T・K 


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