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体験的山道具考 プロが教える使いこなしのコツ

 笹原芳樹著、ヤマケイ新書、山と溪谷社、2014年11月・初版

 

 ■著者のこと
 著者の笹原さんを2回お見かけしている。1回目は、本会の後藤Bさんと初めて行った海外登山研修会においてだった。東京都山岳連盟(都岳連)の主催で行われたその報告会で、笹原さんは実施したヒマラヤ登山に関する短いスピーチを行った。著名な登山家が報告者として居並ぶ中で、笹原さんは目立つ方ではなかったし、ヒマラヤの高峰の踏破歴があったわけではないが、そのような場でモノ申す人なんだと知った。もう1回は、彼が勤めるカモシカスポーツ(高田馬場)に行ったときだった。それまでに彼の書いたものは山岳雑誌で何度も目にとめており、ユーモアと洒脱さを備えた、愉快な方という印象を持っていたが、そのときは印象が違って、えらく堅苦しく感じた。店員という立場で事務的な対応に追われていたからだろう。

 先日、新聞(毎日)の書評欄に珍しく山の関係の本が取り上げられていた。久しく山関係の本を手にしていなかったが、興味半分で早速に購入してみた。それが、上に掲げた本書だ。さまざまな山の道具を実際に使ってみて、その評価や品々の比較をしているが、山関係の仕事に専従するだけあって、その知識は半端ではないし、非常に広範囲にわたっている。山の専門店の立場で各種の製品比較ができ、最先端の道具類に始終巡り合っていてこその豊かな、そして実践的な知見なのだろう。良書だと思うので、取り上げてみた。
 ひと言で言って、楽しい1冊だ。読みながら、人柄があちこちに出ていることを感じた。この方の楽しい、ユーモラスな様を想像して思わずほくそえんだ。互いに呼びかけ合う感じで、「この装備は?」と問うと、「こうだ、こうだ」と平易に、手に取るように解説してくれるような、そんな1冊だ。言葉が生きている。一晩で一気に読んでしまった。
 山の道具に関する本で、こんなにも楽しめるとは! こういう人はなかなかいないと思う。一方的にしゃべっていても、それを聞き飽きない。それというのも、著者の気持ちのこまやかさと、そしてやさしさが行間に埋め込まれており、さらにアクセントとなる「節回し」が歯切れよく、そういう意味でも読む側にリズム感が刻めた。最初の「軽登山靴」のところでは、「グキッ、バキッ」という表現がいきなり出てくる。捻挫を起こさないように、ハイカット(長首)の靴を履きなさい、という説明の間に、捻挫を起こすときの生々しいオノマトペ(擬音語)表現が書かれている。
 もう少し書き込んでほしいと思った項や装備(例えばガソリンバーナーが欠落)はあったが、著者なりのこまやかな目で書かれていて、こういう人と山を同行したなら、話題も豊富で楽しかろう、安心できるだろうという信頼感と親しみが自然に生まれてきた。なんだろうか、この印象というのは。
 昔から「文は人なり」という。本書を読んで、笹原さんという楽しい、おちゃらけているかと思うと、その実、誠実な人柄を感じてほしい。ぜひ手にとってみてほしい。


■本書の中身
 いくつか、装備について本書から知り得た点と再確認した点を取り上げてみる。
・登山靴を干すときは中敷き(インソール)を引き出すこと。何回かに1回は中敷きは洗う。
・「裏ワザ」として、高機能山用靴下は除き、裏返して履くとよいこともある。
・ふやけた足にゴワゴワの木綿靴下は厳禁。
・ファスナーの滑りには、専用シリコン系スプレーを。
・ストックは下山後には、各部をバラして乾燥させること。錆などは丁寧に拭き取る(ストックの管理)。
・山岳(登山)用のスノーシューを購入するときは、MSR(米)製かTSL(仏)製のエッジつきの製品を。
・木道で転びたくなければ、モンベル製のリバーシブルグリッパーがお勧め。
・メインのザックをサブザック代わりに使うときは、サイドストラップを引き、ザックを薄っぺらにすれば小さくなる(サブザックがいらない)。
・荷物のコンパクト化には、ちょっとばかり寒そうでも、夏用のシュラフとする。それで寒けりゃ、服を着込む、人とくっついて寝る、ガマンするなど、軽量化を考えよう。
・今のゴアテックスの雨具は、洗濯機で洗ってもOK。汚れたら、洗うこと。脱水は軽めに。
・ゴアテックスも撥水性が落ちて表面を水が覆ってしまうと、内側の水蒸気を外に逃がすことができず、透湿性能が低下する。
   ⇒表面の撥水性保持処理に関しては会のHP「資料館」中の「雨具の保管」。
・一番上の防寒着には、ウィンドストッパー(wind-stopper)機能のあるものを。
・タイツには、テーピング効果のあるサポート型(ワコールCW-X)と、締め付け圧に変化を持たせる弾性型(コンプレッションタイプ;スキンズ)がある。
・チタンは比重がアルミの1.6倍あり、熱伝導率が低いため、調理用には適さない(火炎の当たっているところだけが焦げつきやすい)。
・倉岡裕之さんに紹介された「ジェットボイル」。ヒマラヤの風の中でも湯が沸かせる。
・厳冬期の山では、甘さ控えめの紅茶を多めに作ってテルモスに入れ、入り切らなかった分を出発前にジックリ飲む(カーボローディングならぬアクア〔水〕ローディング)。
 ※ちなみにトモ・チェセンという登山家(当時のユーゴ)は、思い切り甘くしたコーヒー・紅茶を魔法瓶に詰め、それをエネルギー補給の食料代わりとしたそうだ。
・山の行動中には、最低2時間に1回は何か食べる。昼食でまとめて食べるより、休憩時に水とともに、消化・吸収のよい、カロリー(エネルギー当量)の高い行動食をこまめに摂取する。
・羽毛製品の性能を示すフィルパワー(FP)は一般に650FP以上が良質、750以上は最良。
・シュラフカバーがいるのは冬のテント泊。寝ている間に呼気、生活蒸気がテント内に張り付き、夜中に霜になって落ちてきて、シュラフを濡らす。
・ツェルトはリーダーが山行内容と人数に応じて割り出す。レスキューシートは個人装備として各自が持つ。
・ツェルト内で過ごすときは、傘をさす、ストックを立てるなど、スペースを広げる工夫を。
・熊がいない山域では鈴はうるさいだけ(チリンチリンと鳴らすのはやめよう)。
・アルカリ電池の寿命は3年、リチウム電池・充電式ニッカド(ニッケル・カドミウム)電池は10年なのでリチウム電池を。
・日焼け止めクリームは、SPF(紫外線防止指数)がどうかよりも、こまめに塗ること。汗で落ちるから。
・平地の1kmを一般的な人は10~15分で歩くことを念頭に、地形図から、かかる時間を推測する。距離は2万5千図で地図上の4cmが1km、等高線の間隔(標高差)が10m、5万図では距離が2cm、間隔が20m。
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 このほか、衣類に関しては最近の素材やその特質が詳しく書かれている。日本の山道具専門メーカーのモンベルは山の衣類がもとはといえばスタート商品だった。いまやミズノやアシックス、ゴールドウィン(ノース・フェイスのブランド)なども登山界の装備に力を入れ始めた。海外のメーカーも、パタゴニア、マムートほか各社が競って新製品を開発しており、それらの情報も本書にはたくさん盛り込んである。食料も、各種乾燥食品(フリーズドライ)の比較、非常食や行動食として持ち歩いている食品類が紹介されている。みなさんも、山も山登りも知り尽くしたプロからアドバイスを受けるように、本書から教えられるだろう。
 願わくば、もっと若いころにこういう本がほしかった。
=2014/12/18 T・K  


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