2.山でのトラブル対処法

4)熱中症

 ②熱中症の病態、特徴的な症状、予防と対応



 2017年7月25日掲示  我孫子山の会・育成係  
                                                

キーポイント
1)人体は高温環境下にあるとき、または運動を行うときなどに、体温が上昇する。
2)筋肉運動では、消費されるエネルギーの20%以下しか運動に使われず、残りの80%以上は体温上昇をもたらす。
3)運動では、運動の激しさに応じて、①体熱の対流・伝導・放射、②皮膚血管反応、③発汗によって人体は体温を低下させる機構が働く。①、②は外界の温度が体温と同等になった段階で、体温低下の効果を失い、③の発汗が働く。
4)発汗は主に蒸発(気化)による気化熱によって体温を体から奪うが、水分の供給(飲水)が不足して脱水が進み発汗量が減ったり、安静状態にあっても高温・高湿度環境(とくに室内などの無風・閉鎖環境)で汗の気化が起こりにくかったりすると、気化が起こりにくいため熱を体にためる「うつ熱」から「オーバーヒート」状態を招く。これが熱中症の基本病態である。
5)発汗は体内から塩分を体外に持ち出すので、脱水に対して水だけが補給された場合には、低ナトリウム血症による電解質異常としての熱けいれんを引き起こす。
6)うつ熱が持続して体温調節の中枢機能に異常が及んでしまい、高熱を発するようになった場合は、重篤な熱中症である。
6)熱中症は病型として熱疲労、熱けいれん、熱射病の3つに分けられる。
7)熱中症は水分と塩分を適正に補給し、高温環境への対応(体温の冷却など)を適切に行う限り、発症を防止することが可能である。
8)熱中症への対応としては、3つの病態のいずれであるかを判断し、体温の冷却、水分補給、塩分補給の3つを適切に行う必要がある。
9)登山など、体内から多量の水分(+塩分)の喪失を伴う運動が続く場合には、熱中症が疑われる症状(初期~中期症状ではめまい、筋肉の硬直やけいれん、頭痛、吐き気、重症になると意識障害、高体温)に対する注意、そして適切な早期の対応・処置がきわめて重要である。
10)熱中症は初期の段階から注意し、症状がみられた場合には即時運動を停止して涼しい場所に寝かせ、衣服を緩め、湿ったタオルで体を拭きながら風を送るなどの体温の低下処置を図るとともに、スポーツ飲料などを補給する。
11)登山では、「飲みたいと思う」水分量より相当程度多量の水を飲むことが脱水による熱疲労(疲労度)を抑えることができる。多量の発汗を伴うため、薄めのスポーツ飲料を用いるのがよい。


 熱中症heat illness とは、食中毒(食あたり)などと同じく「熱にあたった(中)病気」という意味です。「あたる」とは、食物などが原因となって身体の正常な状態や機能が障害されることです。
 以前には熱射病、日射病などと使い分けていたようですが、これらも「熱にあたる」という病態が基本にあるため、現在は広義の「熱中症」が一般的な用語として使われるようになっています。


■ 熱中症の病態、症状
■高温と低温への人体としての“備え”の違い
 前編で、人体が体温を一定に保たなければならない必要性と、そのための機構である「体温調節のメカニズム」について詳しくみてきました。人間はある体温域内でしか生存(生命活動)が維持できません。そのため、一定の体温域維持の目的で巧妙な機構が備わっています。しかし、それにもかかわらず体温維持の機構が破綻することがあります。
 これには、体温が低下しすぎた「低体温症」と、体温が高すぎた「熱中症」との2つがあります。正常な体温に対して高いか低いかということですが、両者にはかなり違った側面があります。
 卑近な例からみてみましょう。――端的には、通常、体温が上昇しすぎた場合と低下しすぎた場合とを想像してみて、どちらにより大きな危機感を本能的にみなさん方は覚えるでしょうか。温暖な日本の気候が当然のこととして前提にある私たちの多くは、「寒冷・寒さ」のほうだと答えると思われます(氷河期に恐竜が絶滅したといわれていることからも、地球上での生物の生存は、暑さよりも寒さがよりこわい“敵”となってきたと理解されます)。
 以上のことから、厳冬期の寒さのように凍傷や疲労凍死(偶発性低体温症)をもたらす過酷な状態を伴わないため、熱中症は意外に、普通の環境からのわずかの“逸脱”によってさえ起こるのだとの認識が大切だと考えられます。感覚受容体やその感受性が、より高温・高湿度に対しては鈍いからです。以下にみるように熱中症は脱水症が病態の基本に存在しますが、脱水状態は登山においても本人に異常と認識されずに進行することが多く、知らない間に仮性熱中症~真性の熱中症に陥っているケースが多数報告されています。
 こういうふうにみるなら、寒冷環境は「寒さ」によって容易に危険と認識され、そこを人は回避しようとします。他方、高温・高湿度環境にいて、それが人の生活域に近づいたときにも、「寒さ」ほどには危険とは認識されないのです。これらからも、予防意識を持ち、また細かく対応していれば、避けえる障害だといえます。
 夏場が近づくと熱中症への警鐘が盛んに打ち鳴らされます。熱中症に対しては心理的な油断が生じやすく、そのような経過から発症する場合が多いことを示しています。低体温症を警告しながら死亡したという事例がマスコミで報じられることはほとんどありませんが、熱中症(厚生労働省統計)は過去数年をみても、年によっては死亡数が1000人前後にも達し、発症数は2010年7~9月の3か月だけで2万4千人弱にも達する、頻発する疾患だということを知っておきましょう。
*1 環境温度の上昇以外に、日射はもちろん、岩場やアスファルトの路面からの照り返し(放熱射)、熱風(対流熱)なども体温を引き上げる要因や、また環境の湿度(空間中の水蒸気の濃度)が大きく影響します。


■人体における体温調節機能
 人体が体温を一定に保つのに使う機能は、主に次の2つです。前編のおさらいを簡単にしておきましょう。
1)皮膚血管内の血液循環(皮膚血管反応)による熱の放出
 まず体温上昇の初期段階での反応で、皮膚表面(体表面)の血管を拡張させ、皮膚への血液循環をよくする反応(皮膚血管反応)を発動させます。この反応は次のような仕組みによります。――深部の高い体温は血液に乗って皮膚表面に移動し、移動した皮膚から、より温度の低い環境中へ熱が放出(放散)されます(伝導または放射または輻射や対流*2)。放散して低下した血液は、皮膚によく発達した動静脈吻合*3(ふんごう)を介して動脈-静脈間の流れが入れ替わり、冷やされた血液が静脈血から還流して、体内の温度を下げます。この熱放散の欠点は、環境温度が体温程度に高くなると、ほとんど熱を環境中に放出できなくなる点です。
*2 身体が環境中の物体に直接接触していて、より温度の高い体から体温がその物体に移動する伝導(熱は高いところから低いところに流れる)、熱体から赤外線を介して外に熱が伝わる放射輻射ともいう)、熱体が周辺の空気を介し空気の移動~流れによって環境中と等しくなろうとする対流の3つによって温度差のある物体は環境と同じになろうとします。
*3 動静脈吻合:末梢血管は、動脈-毛細血管-静脈の構造となっており、通常は毛細血管で隔たり、動脈と静脈は直接つながっていません。毛細血管で、動脈から送られてきた酸素・栄養素と老廃物とが交換され、一度出た血液は静脈に戻って心臓に送り返されます(これを「静脈の還流」といいます)。ところが、皮膚には体温調節にかかわる重要な機能が課されているため、動脈と静脈とがつながっていて、血液が流れやすい特殊な仕組みになっています。これが動静脈吻合です。もともとは吻合とは手術(外科学)用語で、本来つながっていなかった管状器官を手術でつなげることをいいます。

図1 熱が伝わる3つの経路
①放射、②対流、③伝導の3つの経路で、人体は外部(環境)から熱をもらったり、外部に熱を出したりする。

2)発汗時の水分の気化による熱の放出
 皮膚血管反応で熱の放出が追いつかなかったとき、速やかに汗腺(エクリン腺)からが分泌されます(発汗)。
 汗は体内の熱をじかに持ち出すと同時に、皮膚表面から蒸発によってその気化熱を体から奪います。気化熱は水分1gにつき0.58kcal(580cal;kcalはキロカロリー)という大きな熱を持ち出します。例えば、体外に出た1kg(1000mL)の汗がすべて蒸発したとすると、体から奪う熱量は0.58×1000=580kcalにもなります。
 1cal は水1gを1℃上げる熱量で、580kcalの気化熱は58kgの体重の人の体温を10℃下げます(ただしヒトの体の比熱を水と等しいとしたうえで)。ちなみに、成人で1日の必要な熱量(カロリー)は2000kcalですが、その1/4弱に相当します。

■体温調節の破綻
 人体は体温調節中枢のある視床下部から交感神経系を介して、以上の二重のメカニズムによって、うつ熱(熱がたまっていく)状態に抗して体温を下げるように反応します。それにもかかわらず、内外の原因から体温調節がうまく働かず、熱が体内にたまってしまい、その結果、体内の水分を外に持ち出し、また体温調節機構を損なったときに、熱中症が発症します。
 1)の反応
に対しては、例えば衣類が適切でなく、厚着をしていたことや、2)の反応に対しては、発汗の源となる水分の摂取量が少なかったこと、あるいは高齢で発汗作用が起こりにくいこと、また環境の温度が高すぎたり、運動量が激しすぎたり、湿度が高かったりして、発汗の蒸発(気化)が起こりにくく、熱生成と熱放出のバランスが熱生成側に傾いた場合があります。ほかに、体格(肥満とやせ)や男女差で、発汗の反応に違いがあり、とくに高齢者では発汗機能が低下し、体内水分量も減少して、生理的な反応が遅れがちになる点があげられます。
 体温低下にかかわる最大の機能はは発汗とその気化なので、必ずしも野外での激しい運動を伴っていなくとも、室内にいて高温・高湿度(室温25℃以上、室内湿度70%以上)下の環境に長時間いた場合にも発症する危険があるそうです。

    【コラム】登山におけるエネルギー消費と体温上昇
 前編で、基礎代謝量のことを見ました。基礎代謝量とは、覚醒し、安静(座位~臥位)に保った状態で過ごした場合の1日の必要ネルギー量で、「非活動状態」における必要エネルギーで、最小限、生きていくのに要するエネルギー量です。平均的な成人で1500~2000kcalとされています。
 ところで活動レベルによって、ヒトの代謝量は種々に変わります。基礎代謝量に対してその活動を続けた場合に、何倍となるか(消費エネルギーでみた運動強度比)は、ほぼ活動の種類に合わせて数値化されており、この比で表したのをエネルギー代謝率と呼んでいます。例えば、歩行(1分間に50メートル=時速3キロメートル)は1.6、マラソンでは14.3となっています。
 登山は歩行とマラソンの中間あたりにありそうですが、他の活動と比べて極端に大きくはない代わりに、特徴は長時間にわたるということです。調べてみたところ、研究者で異なりますが、体重(+ザック重量)や登山道の傾斜で異なるにしても、6~10時間の登山で2500~4500kcal の範囲で必要となるようです。普通の成人男性がフルマラソンで消費するエネルギー量は2500kcal 程度ということなので、登山はマラソンに比べて総合的な運動負荷はその1.8倍にもなります。大きなザックを背負って長時間の縦走をした場合などには、4000kcalを超えるようです。
 ところで、体内で消費したエネルギーの有効分配率をみると、80%前後(運動に使われるのはわずか20%だけ)はほぼ体温に転換されるため、運動をすると派生する熱によって体温上昇が避けられません。登山で体温上昇が大きいのは当然の理なのです。ゆえに、登山と汗とは切っても切れない関係にあるといえます。ということで、登山をする人は、汗のこと、水分のこと、脱水のことなどを十分に学んだうえで山に出かけるようにするのが好ましいということが、他の運動やスポーツうよりも一層いえるでしょう。

 熱中症の発症には、まず高温多湿と激しい運動による多量の発汗が関係しています。第一には発汗による水分の喪失(脱水症)がありますが、さらに発汗による塩分の喪失(体液の電解質バランスの崩れ)から生理的な機能が障害をきたします。重症度から3つに分類されます▼表
 1)熱けいれん:熱中症のうちでは軽症の病態です。

図2 皮膚から蒸発する汗の水分

表 熱中症の重症度分類と症状、病態、治療
Ⅰ度(軽症;熱けいれん) Ⅱ度(中等度;熱疲労) Ⅲ度(重症;熱射病)
症状 ・めまい、立ちくらみ
・筋肉痛
、筋肉の硬直(こむら返り)
・大量の発汗
・頭痛、気分不快、吐き気
・嘔吐、倦怠感、虚脱
・意識障害、けいれん
・手足の運動障害
・高体温(40℃以上)
病態 ・発汗に伴う水分と塩分(ナトリウム)の喪失 ・蒸散と伝導を目的に循環障害が表層血管に分布し、主要臓器への血流が相対的に欠乏する ・循環血液量の減少
・高温による酸素消費・代謝増加、神経系・臓器の障害
治療 ・冷所に移動
・スポーツドリンク(0.2%食塩水)摂取
・細胞外液(乳酸リンゲル液または生理食塩水)の輸注 ・呼吸・循環の安定、意識障害がれば挿管の適応
・速やかな冷却
 出所:今日の治療指針(2010年)、医学書院、p.826.



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